ヴェステンラントの評価

 ACU2313 6/28 ブリタンニア連合王国 王都カムロデュルム


 全軍を完全にエウロパ大陸から撤退させたヴェステンラント軍は、ブリタンニアで来るゲルマニア軍に侵攻へ防備を固めようとしている。しかしその前に、大八州方面から凶報が入った。


「クロエ様、どうやらドロシア様が大八州本土から撤退したようです。加えて、大八州の東北地方において、上杉家の勢力が大敗し、反曉勢力が勢力を大きく拡大したようです」


 マキナは早速クロエに報告を持ってきた。ドロシアが正確な報告を遅らせている為、マキナが独自に調査した情報である。


「そうですか……。ではこれで、我々が大八州を手中に収めるという作戦は破綻しましたね」

「はい。ドロシア様は混乱に乗じて大八州を掠め取るおつもりだったようですが、失敗のようです」


 ドロシアの軍勢は壊滅して邁生群嶋に逃げ帰った。最早もう一度内地を攻める余力はない。


「それと後者の方です。もう少し詳しく教えてもらえますか?」

「はい。既に東北地方の大半を支配している伊達家と、関東を支配する北條家と内地の半分を支配する齋藤家の連合軍が戦いました。この戦いで伊達家は勝利し、東北地方を完全に勢力圏に収めると共に、北條家は齋藤家との同盟を手切りとして伊達家に与することにしたようです」

「そうなると……ええ、結構広い範囲が反曉に回ったということですよね?」


 クロエは大八州の地方など正確には覚えていないが、かなり広い範囲であることは分かった。実際、東北と関東が丸々敵に回ったのだから、勢いは敵にある。


「はい。これで大八州内地において曉に味方する勢力は、上杉家の天領そのものを除き、一掃されました。恐らく、外からの介入がなければ上杉家の敗北は必至でしょう」

「それはよくないですね……。それと中國の方の戦況は?」

「はい。今のところ武田家が優位に戦闘を進めており、中國の壊滅も時間の問題化と思われていましたが、気がかりなことが一つあります」

「気がかりなこと?」

「はい。ここ数日、武田家に動きがありません。すぐそこに敵の本拠地があるというのに、いきなり攻勢を停止しているように見受けられます」

「なるほど。それは幸運と言うべきか……」


 曉の本拠地が制圧されれば大八州内戦は終結してしまう訳で、内戦をしている間に領土を掠め取りたいヴェステンラント軍としては非常によろしくない。だからこれは僥倖となるかもしれない。


「今のところ理由は不明です。武田家が攻勢を継続出来ない状態であるのなら私達にとって幸運ですが、何らかの策である場合はそうではありません」

「ええ、そうですね。情勢は注視しておいてください。場合によってはこちらにも影響を与えることですから」


 遠く離れた戦場とは言え、自国の話だ。ただでさえエウロパ大陸から追い出された後だと言うのに、これ以上悪い報せは聞きたくない。


「他に何か特筆すべきことは?」

「いいえ、特には」

「分かりました。では次に、そろそろ真剣に検討しましょう。傍受出来ない何らかの通信手段を敵が有しているという可能性を」

「それは……」


 マキナは顔をしかめた。彼女が感情を表に出すのは珍しい。それほど気に病んでいるのだろう。


 マキナはこれまでゲルマニア軍の動向をほぼ全て掴んでいた。だからゲルマニア軍がどんな反攻作戦を仕掛けてこようとも、片っ端から迎え撃ち、これを失敗に追い込んで来た。


 問題は、ゲルマニア軍の春の目覚め作戦、春作戦の最中に起こったいくつかの出来事だ。ゲルマニア軍の潜水艦による攻撃、南ルシタニアへの大規模な上陸。どう考えても魔導通信を使わないと作戦にならない作戦であるにも拘わらず、マキナはそれを一切察知出来なかったのである。


「……これは私の落ち度です。私が察知出来ていれば、このような大敗を喫することはなかった筈でした」

「いいえ。色々と考えてみましたが、恐らくそうではありません」

「それはどういう……」

「もし仮にですが、あなたの能力が落ちているとしたら、特に偏りなくゲルマニア軍の作戦を読めなかった筈です。しかし今回は、件の二つの作戦だけが全く読めませんでした。つまり、ゲルマニア軍が意図的に、これらを私達の察知出来ないようにしていたということです」

「そう言われれば……確かに」


 マキナに問題があったのなら、ゲルマニア軍の通信が全体的に無作為に傍受出来なかった筈である。しかし実際は、特に重要な作戦の通信だけがくり抜かれたように傍受出来なかった。これはゲルマニアがこちらに与える情報を制御しているということだ。


「つまり、既にゲルマニアはあなたの魔法に引っかからない通信手段を開発しているということです。これが最も妥当な仮説だとは思いませんか?」


 全ての状況証拠はその事実を告げている。


「はい。そのように思われます」

「であれば、傍受に頼るのはゲルマニア軍の掌の上で踊らされることになります。早急に対応を練らなければなりません」

「はい。もっとも、私達以外は通信傍受などに頼っていない訳ですから、普通に戻るだけでしょう」

「それもそうですね。まあ何とかなるでしょう」


 クロエはそこまで悲観してはいなかった。

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