千代の戦いⅢ
「お、お前は」
「こんにちは。伊達家が侍大将、鬼庭七赤桐、あなたの首をもらいに来たわ」
「桐……そうか、お前がそうなのか」
「あら、私を知ってるの? 嬉しいわ」
「大八州の武士では知らぬ者の方が少ないだろう」
大八州有数の大大名の切り札ということで、桐も警戒される対象である。
「まあいいわ。この奥羽を汚して、生きて帰れるとは思っていないでしょうね?」
「そのつもりでいたのだがな」
「あっそう。じゃあここで死んでもらいましょうか」
桐は両手に太刀を作り出し、舌なめずりをして齋藤大和守に狙いを定めた。
「覚悟っ!」
「殿をお守りしろ!!」
兵達が桐と大和守の間に割って入った。
「興醒めなことはしないでもらいたいわね!」
「ぐああっ!!」
桐は二本の太刀を軽々と振り回し、次々と兵士を葬っていく。小柄な体で武士達の間を駆け回り、その体を切り裂いた。死体の山の向こうには、齋藤大和守ただ一人のみ。
「さて、言い残すことは?」
「……曉様に弓引くお前達にかける言葉などない」
「そう。じゃあさようなら」
桐は齋藤大和守に斬りかかる。彼は斬撃を受け止めようとしたが、彼の太刀は飴細工のように簡単に折れ、彼の首は斬り落とされた。
「齋藤大和守、討ち取ったり!!」
桐は空に飛び上がり、堂々と宣言した。総大将が討ち取られ、上杉勢には瞬く間に動揺が広がった。彼らを繋ぎ止める最後の糸は切れ、軍勢は完全に瓦解した。
○
「晴政様、曉様が齋藤大和守殿を討ち取ったとのことです」
「そうか。よくやってくれた」
「齋藤殿……」
朔にとってはそれなりに馴染みのある武将だ。それが討ち取られたことは、少し寂しくあった。
「朔よ、奴は敵だ。敵の総大将だ。そうである限り、それを刈り取るのは当然のこと。違うか?」
「それは、その通りにございます……」
「奴が死んだことで、この戦も終わる。もうこれ以上兵が死ぬ必要もなくなった。弦十郎、後は適当にあしらうだけでよい。奴らは勝手に逃散するだろう」
「はい、そのように」
戦いは急速に終息に向かっていた。兵を統率する者が失われた今、勝敗は完全に決したのである。
「しかし伊達殿、まさか百姓を武士に見せかけるとは思いませんでした。流石の知略でございますね」
「何、嶋津殿からちょっとした閃きをもらっただけだ」
彼らの兵力は実際、二万しかなかった。齋藤大和守が見た四万のうち二万は、百姓に見た目だけを実物に似せた鬼鎧を着せて、戦っているフリをさせていたものである。もしもこれがバレていたら、伊達勢はたちまち敗北していただろう。
しかし彼らはそれに気付けなかった。そして自らと同数の大軍に挟撃されたと信じ込み、全く正常な判断も出来ないまま瓦解したのである。
「こんなものは始まりに過ぎん。上杉と北條がどう動くか、それが全てだ」
「朔様、天領を継げるような武将は、齋藤家にいると思われますか?」
源十郎は上杉家の内情を最もよく知る朔に尋ねた。
「わたくしの知る限りでは、大和守殿に匹敵するほどの武将は内地にはおりませんかと。暫くは彼らも動けぬものと存じます」
「なるほど」
「であれば、先に北條を攻めるとしよう。あの軟弱大名ならば、すぐさま我らに降ろう」
と、その時だった。
「殿、申し上げます! 北條相模守殿からの使者と名乗る者が、殿とお会いしたいと申しております」
「はっ、もう来たのか! 面白い。通してやれ」
「ははっ!」
別に降伏しに来たと決まった訳ではないが、晴政はその使者とやらに会ってやることにした。
「その隻眼、伊達陸奥守殿ですね?」
「いかにも。俺が伊達陸奥守晴政である」
「よかった。私は北條相模守氏家です。是非ともあなたとお会いしたかった」
「何? 大名が自らここに来たと?」
「ええ。我らは齋藤大和守に脅され、伊達攻めに合力させられました。しかし奴が死んだ今、最早あなた方と争う理由はありません」
「ほう。伊達と和議を結ぶと?」
「はい。北條と伊達は元より誼を保ってきました。それを戻しましょう」
「そう簡単に俺が認めると思うか?」
ついさっきまで、いや、何なら今まさに戦っている相手だ。それなりの将兵が北條の手によって失われた訳であるし、領地を侵した罪もある。
「そうは思いません。ですから、北條は伊達の天下取りに全力で力を貸すとお約束します。それを我らの償いとして頂ければ」
「ほう。確かに、悪くはない」
当主が死んで弱体化しているとは言え、関東を支配する北條家の力は巨大だ。それを味方に出来れば、正直言ってここで失われた将兵よりも価値がある。
「であれば、まずは邪魔な蘆名を滅ぼしてもらおうか。北條ならば簡単なことだろう。さすれば、認めてやってもいい」
「そう仰ると思いまして、既に蘆名下埜守を捕縛しております」
「何?」
「後でご自身の目で確かめられれば分かるでしょう。私は、本気です」
北條相模守の様子はとても軟弱な跡継ぎには見えなかった。
「お前、あえてうつけを演じていたな?」
「まさか、そのようなことはありませんよ」
「ふはははは! 面白い。よかろう。北條と伊達、手を組めば天下など容易く取れようぞ」
北條は伊達に寝返った。今や内地において曉の勢力は劣勢になったのだ。
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