千代の戦いⅡ

「どうやら、敵は自滅の道を選んだようですな」

「その、ようだな。しかし、そんな筈はないのだが……。敵の兵力は二万で相違ないな?」

「はい。どう多く見積もっても、二万を超えることはありますまい。上杉家の検地は事細かに行っておりましたから」

「であれば、あれがやはり伊達の全て……」


 倍の兵力が守る陣地に真正面から突撃する。しかも奇襲などではなく、敵に動きが丸見えの平野で。晴政がそのような自爆紛いの作戦を採るとは、蘆名下埜守には思えなかった。


「仮に伏兵がいたとしても、その兵力は極わずか。敢えて怯える必要もありますまい」

「そうなのだが……」


 論理的に考えればそうなる。連合軍は伊達勢を恐れる必要などなく、ただここで泰然として待ち構え、敵を木っ端微塵に粉砕すればよいと。


 だが、蘆名下埜守は全く釈然としなかった。


「確かに、蘆名殿が不安に思われるのも分かります。しかし、ここで迎え撃つ他に手がありましょうか」

「いや、ない。齋藤殿の采配にはいかほどの誤りも見えぬ。見えぬが……いや、気にするな。好きに戦ってくれ」

「はっ」


 自分が妙なことを言って指揮を混乱させるのもまた悪手であると、蘆名下野守は分かっていた。だが、彼の直感に誤りはなかった。


「皆の者、押し寄せる敵は尽く討ち捨てよ! 我らの陣に指一本たりとも、敵を入れるな!」

「「「おう!!!」」」


 伊達勢の先鋒がついに矢を放ち攻撃を開始した――その時だった。


「申し上げます! 我が後方に、敵勢が現れました!!」

「何? 数は?」

「そ、それが、数は二万に迫るとのこと!」

「ば、馬鹿なっ! ありえん! 奴らにそれほどの兵はない筈だ!」


 前後に合わせて四万。奥羽の勢力が動員出来る筈のない戦力、奥州討伐軍と同等の戦力が今、彼らを完全に挟撃しているのだ。


「し、しかし、飛鳥衆の見間違えということもありえませぬ!」

「そんな、馬鹿な……」

「ど、どうされますか!?」

「我らにはもう、勝ち目はない。我らは、負けた……」


 同数の敵に完璧に挟み撃ちにされた。こちらに後方の部隊を迎え撃つ用意はない。大八洲の武将であれば分かる。これは、完敗だ。


「齋藤殿、かくなる上は兵を退き、捲土重来を図るべきだ。敵に地の利がある場所で戦うは、そもそも誤りであった」

「わ、我々が、退くと?」

「左様。速やかに兵を退かねば、我らは袋の鼠だ」

「……承知した。直ちに全軍を退かせます」


 何とも無様だが、齋藤大和守は全軍に撤退を命じた。一度逃げ帰り、体勢を整えた後に再び伊達を討伐してやるのだ。しかし、そう簡単に逃がしてくれる晴政ではなかった。


「敵の勢い甚だしく、諸将動けませぬ!」

「クッ……こうなれば、私が殿軍を率いる! 続け!」

「はっ!」


 伊達勢の攻撃は激しくその場で耐えるのが精一杯で、諸隊は戦場から離脱することなど出来なかった。齋藤大和守は自らが直卒する部隊で伊達勢に突撃を仕掛け、他の部隊を逃がそうと試みる。


「蘆名殿は、お早くお逃げください」

「そうさせてもらおう。武運長久を祈るぞ」

「ありがたきお言葉です」


 そして齋藤大和守は正面の敵軍に向かって突撃を開始した。しかし、すぐに彼は妙なものを感じた。


「何だ……。二万の軍勢を相手にしている気がしない」


 手応えがまるでない。体感では、まるでほんの千人程度の敵を相手にしているようだ。


「まあよい。それならば、よい……筈だ」


 敵の攻撃が大したことのないものならば、殿軍の損害が少なくて済む。きっとこちらが逃げ出し始めたのを見て手を抜いているのだろう。齋藤大和守は自然とそう考えた。だが、違うようだ。


「申し上げます! 我らの後ろの敵が、一気に押し出してきております!」

「後ろ? まさか、本隊は向こうだと言うのか?」

「そ、そうやもしれません」

「嵌められた、のか……」


 最初に現れた部隊が伊達勢の本隊であると思っていた。だがどうやら、そちらの方が別動隊で、後になって現れた部隊の方が本隊らしい。齋藤大和守は今、まんまと囮に釣られ、脆弱な後背を敵の主力に晒しているのだ。


「ど、どうされますか……?」

「今度こそ……命運、尽き果てたな。今更後ろに回ることなど出来ん。であれば、せめて目の前の敵を粉砕し、逃げ道を開く!」

「はっ! 我らは殿について参ります!」

「よし。続け!!」


 少しでも多くの兵を逃がす為、敵に僅かでも隙を作り出す為、齋藤大和守は眼前の敵に決死の突撃を仕掛けた。


 ○


「お、連中突っ込んで来やがったか」

「そのようね。どうする、成政?」


 伊達勢正面の別動隊を預かっているのは、成政と桐である。


「決まってる。やろうってんなら受けて立つぜ!」

「そう言うと思った。やってやるわ! 飛鳥衆、奴らを叩き潰すわよ!」


 突撃してくる敵に対して、成政と桐も突撃した。成政は歩兵を率い、桐は飛鳥衆を率いて空から齋藤大和守は襲う。両軍の意地を掛けた戦いは、一連の戦いで最も激しい戦闘となった。


 だが、その戦いもすぐに終わることとなる。


「あら、齋藤じゃない」


 桐は齋藤大和守を見つけ、彼の許に急降下した。

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