千代の戦い

 ACU2313 6/19 陸奥國 千代城


 鶴山城の戦いから少々時間は遡る。南方で嶋津家が本土防衛に勤しむ中、大八洲の北の端、奥羽の地でも戦いが起ころうとしていた。


「晴政様。蘆名、北條、齋藤の軍勢はおよそ四万。千代平野に陣を敷いて我らを待ち構えている様子です」


 片倉源十郎は伊達陸奥守晴政に現況を報告した。


「向こうから攻め込んで来た癖に待ち構えるとは、面白いことをするではないか」

「俺達なら攻め込んでくると決め込んでるんじゃねえか?」


 晴政の弟、成政は威勢よく言い放つ。


「ふはは、言うではないか! そして、その通りだ。奥羽の地を汚す者、一人たりとも生きては返さぬ!」

「しょ、正気にございますか、晴政様? こちらは奥羽の戦力をかき集めたとは言え、二万程度なのですよ?」


 長尾左大將朔は焦った声で言う。


「ああ、正気だぞ。籠城など俺の性に合わぬ故な」

「し、しかし、これほどの敵を相手にするとなれば、籠城して敵の勢いを削ぐが王道にございましょうに……」

「平野でふんぞり返っている奴らに勢いなどあるまい」

「そ、そういう話ではなく、これはあくまで例え話にございまして……」


 劣勢を覆すのには地の利を用いるしかない。その最たる例は城である。野戦に打って出るなど以ての外だ。朔は少なくともそう考えている。


「諦めなさい。こいつはそういう奴なのよ」


 伊達家の侍大将、桐は溜息を吐きながら言った。


「で、ですが……」

「向こうが攻めてくるのを待っていては、いつまで戦が長引くか分かりませぬ。であれば、こちらから打って出て、直ちに奴らを討ち滅ぼすが肝要。そうは思いませんか、朔様?」

「し、しかし、我らの目的は彼らを追い返すことではないのですか?」

「いいや、違うな、朔よ。我らは愚かにも千代に攻め込んだ連中を壊滅し、そのまま関東に攻め入る。この戦いは我らの大戦の始まりに過ぎん」


 晴政は天下を取る気だ。だからまず地の利のありこの地に攻め込んできた敵を壊滅させ、守る者のいなくなった南陸奥、関東、越後に攻め込むのである。


「敵は二倍にございますよ? 精々追い返すのがやっとでは……」

「たったの二倍である。それに、あんな寄せ集めの連中など、恐るるに足りん」

「わたくし達も寄せ集めでは……」


 こちらも伊達、南部、津輕、その他国衆の連合軍である。寄せ集めの具合で比べれば、両軍に大した差はない。どちらも寄せ集めの烏合の衆だ。


「そ、それは、まあ、我らは何とかなる!」


 どうやら晴政は何も考えていなかったようである。


「わたくしは不安です……」

「安心しろ。源十郎が何とかしてくれる」

「はい。晴政様の命とあらば、何とかしてみせます」

「はぁ……」

「ま、何とかなるだろ、俺達ならな。なあ、兄者?」

「その通りだ! よくぞ言った、成政! ふはははは!」


 伊達陸奥守はまた勢いで何とかしようとしていた。


 ○


 ACU2313 6/21 千代平野


 奥州討伐軍の主力は上杉軍であり、それを率いるのは内地の上杉領を任されている靑龍隊隊長の齋藤大和守虎信である。


 しかしながら彼は大名でもない上杉家の一家臣である為、軍勢の総大将は北條相模守である。誰かと言えば、先に討ち死にした北條常陸守晴氏の弟で、北條家の家督を臨時に継いだ男だ。


 晴氏が戦死して以来、北條家は周辺の勢力に翻弄されてばかりである。結局自らは何も決定することは出来ず、最も強大な勢力である齋藤に付き従うことになって、ここにいる。総大将などというのも、本当に名ばかりの存在だ。


「申し上げます! 伊達勢、千代城を出陣し、我が方に向かって来ているとのこと!」

「き、来たのだな……」

「はい。あの晴政のことです。我らが領地を侵せば打って出てくることは、疑いようにありません」


 齋藤大和守は北條相模守に言う。晴政の性格を読んだ上で千代平野に待ち構えるこの作戦は、齋藤大和守が中心になって立案したものである。


「で、では、ここで迎え撃つのだな?」

「はい。我らはここに陣を敷いているだけで勝てるのです。何とも楽な戦ではありませんか」

「そ、そうだな」

「北條殿はここでごゆるりとおくつろぎください。我らが勝ちを持って帰ってきましょうぞ」

「あ、ああ、頼む……」


 結局のところ、北條相模守は作戦指揮からはじき出され、ただのお飾りとして鎮座しているくらいしかやれることはなかった。


 ○


「ふむ。伊達勢はやはり二万前後の兵力か」


 齋藤大和守は望遠鏡を覗きながら呟いた。伊達勢は齋藤勢の目の前に全戦力を集中させ、陣を敷いているようだ。


「倍の兵力で、しかも攻め手は奴ら。真正面から戦って、勝てる訳があるまい」

「晴政もそんな馬鹿ではない。油断はせぬように」

「これは蘆名殿。無論です。上杉にそのような愚将はおりませぬ」


 上杉に救援を求めたのがこの男、伊達領のすぐ南に領国を持つ蘆名下埜守である。最も近くで晴政を見て来た彼は、晴政が自滅の道を選ぶなどとは思っていない。


 だが、予想外のことが起こる。


「伊達勢、こちらにまっすぐ突っ込んできます!!」

「何?」


 晴政は真正面からの突撃という最も愚かな手段を取ったのだ。

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