ガラティアの評価
ACU2313 6/24 大八州皇國 中國 東陽
「陛下、どうやらドロシア率いるヴェステンラント軍は敗退したようです」
ジハードはスルタン・アリスカンダルに先日の戦いの様子を報告した。
『五倍の敵を逆に壊滅させるとは、やはり大八州人は素晴らしいな』
「――はい。しかしこれで、武田を食い止められる存在はなくなってしまいました。このままでは武田は曉を滅ぼし、中國全土を手中に収めるでしょう」
『そうだろうな。そしてそれは我が国にとって好ましくはない』
大八州内戦で漁夫の利を狙いたいガラティア帝国にとって、片方が一方的に勝つのは好ましくはない。
「であれば、信晴を殺しますか?」
『そんなことを軽々と口にするものではない。とは言え、そうせざるを得ないのは確かだ』
「準備は整っております。加えて、信晴の病状は増々悪化しており、放っておけばすぐにでも死にそうな様子です」
『一押しすれば、死んでくれるか』
「恐らくは」
信晴もいよいよ床に臥せることが多くなってきた。もう命は半年ほども残されてはいないだろう。だが、半年もあれば曉は滅びる。だからその前に死んでもらわないといけない。
「病のように見せかけて殺せる毒は、既に用意してあります。やりますか?」
『そうだな。くれぐれもバレないように、頼む』
「はっ。必ずや成し遂げて見せます」
勢力均衡の為、ガラティアは謀略を開始した。
○
ACU2313 7/2 大八洲皇國 東陽
「どうやら……儂の命運も、そろそろ尽きるようだな」
「御館様……」
信晴の病は急激に悪化していた。今や最前線で采配を振ることも叶わず、東陽の屋敷で寝たきりとなり、武田家の錚々たる武将に囲まれていた。
「我が命尽きる前に都を取りたかったが、それも、見果てぬ夢のようだな」
「そ、そのようなことはありませぬ! 平明京は、あと一歩のところに――」
「酷なことを、言うでない。今の儂では、あの城は落とせぬ」
「し、しかし……クッ……」
あと一歩で天下を取れた。だが、もう無理だ。信晴は直感的にそう理解していた。
「儂は……すぐに死ぬ。そのことは、三ヶ月は隠せ。まあ、明智や嶋津なれば、すぐに勘づくであろうがな」
「……はっ。そのように致します」
「我が子、信頼を、頼むぞ」
「ははっ。全身全霊を以て、お守り致します!」
「ふっ、そなたらなれば、儂も安心して逝けるわ」
「御館様……!」
軍神晴虎と並ぶ武勇を誇った老将も、病には勝てなかった。人々はそう嘆いた。
〇
ACU2313 7/4 中國 平明京
「これは……奴らの動きが鈍い……」
「どうしたのよ、明智日向守?」
明智日向守は各所から送られてくる報告を不思議そうな顔で検分していた。
「曉様、それが、先日から急に、武田勢の動きが鈍くなったかのように思われます」
「鈍くなった? どういうことよ」
「中國を席巻した時のような電光石火の勢いが、まるで感じられません。確かに戦場においては今なお無類の強さを誇っているようですが、全体を見ると、神将を凡将が率いているかのように思われます」
実際に相対してみれば、武田軍は強い。戦術においては全く動きが鈍ったようには思われない。しかし地図を眺めながら武田勢の動きを見てみると、その戦略は特に秀でたことのない凡庸なものだ。
「つまり……どういうこと?」
「つまりは、武将を率いる武将の腕が鈍ったということです」
「それって信晴のことじゃない」
「はい。つまりは信晴に何かがあったと見るべきです。病にでもかかったか、或いは、既に死んでいるか」
「なるほどね……」
信晴が予期した通り、明智日向守は直ちに気づいた。信晴に何かが起こっており、武田家全体を統率する者が失われているのだと。それはつまり、信晴がその能力を発揮することが出来ない状態にあるということだ。
「私達にとっては好機、かしら」
「はい。この上ない好機です。これなら、平明京で武田を追い返す算段が付きます」
平明京のような巨大な城塞を落とすのは、戦術の域を超えている。全体を統率する大名が必要不可欠だ。それも類まれな才能を持った。だが、それは最早武田家には存在しない。
「そうね。そうすれば、こちらが体勢を立て直せる」
武田家は圧倒的な勢いに任せて荒波のように攻め寄せてきている。だが、だからこそ、その勢いを一度削いでしまえば、一気に戦況を逆転させることが出来る。国力において勝っているのはこちらなのだ。負けさえしなければ、勝てる。
「ヴェステンラントが壊滅した今、ここで勝てれば、我らの一人勝ちです。必ずや、勝たねばなりません」
ヴェステンラント軍に大八州の土地を譲ってやる気など更々ない。ヴェステンラントが適当に内地の兵力を引き寄せる囮になり、曉が独力で武田を追い返すのが最良の展開であり、そしてそれは実現しつつある。
「ええ。武田さえ潰せば、大八州を再び統一することも容易。中國の西側なんてガラティアにくれてやっても構わない。そして消耗したヴェステンラント軍を叩き潰し、東亞の覇権は我らのものに」
「はい。全ては曉様の思し召しのままに」
流れは曉の背中を押し出し始めた。
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