決着

「かかれかかれ!! 大八洲の武士の維持、奴らに見せつけてやれい!!」


 嶋津薩摩守昭広は、自ら長槍を手に持って、歩兵を率いてヴェステンラント軍に攻めかかっていた。


「と、殿! お下がりください! 殿の御身に何かがあればっ!!」

「俺が下がる訳にはいかぬ!!」

「と、殿!?」


 昭広は家臣達の静止を無視して敵陣に飛び込み、自ら五人の敵兵を刺し殺した。槍が血塗れになり手元が垂れ落ちた血で真っ赤になろうとも、昭広は止まらない。


 それは大名ともあろうものが取るべき行動ではないが、兵士達を鼓舞する効果は確かにあった。


「嶋津殿、戦局は我らの優勢。このまま押し切れるでしょう」


 立花肥前守義茂は昭広に並んで戦場を駆ける。


「お前がそう言うのなら心強い。このまま押し切ろうぜ!」

「はっ。それと一応、嶋津殿をお守りするように我が殿から命を受けておりますので」

「そうか。なら着いてこい!」

「はっ!」


 わざと派手な甲冑を纏い敵味方に自身の存在を知らしめつつ、両名は戦場を駆け抜ける。ヴェステンラント兵は彼らを討ち取ろうとしたが、誰も彼らに刀を突き立てることは出来なかった。


 〇


「ど、ドロシア様! 最早、最早我が軍は壊滅しつつあります! 一刻も早くお逃げ下さい!」

「…………」


 ドロシアは混乱を収拾することに失敗した。一の備えから広がった混乱は二の備えに感染し、三の備えにも波及しつつある。逃げようにも前後左右には伏兵が構えており、ヴェステンラント軍に逃げ場はなかった。


「ドロシア様!? 早くご決断を!」

「シャルロットを呼んできなさい!」

「は、はっ!」


 すぐさま飛んでくる青の魔女シャルロット。勝手に戦っていたのか、その手から生えた短刀のような爪は赤黒く染まっていた。


「あらドロシア、どうしたのかしら?」

「……あなたの力が必要よ。この状況を打開するにはね」

「私の? いくら私でもこんな数の人間は殺せないわよ?」


 どうやらシャルロットは混乱した兵士を片っ端から殺そうと思ったらしい。


「違う! ――あなたに殺して欲しいのは、一人だけよ」

「誰を?」

「嶋津薩摩守昭広よ。奴さえ殺せば、大八洲兵は瓦解する筈。殺してきなさい!」

「分かったわ。じゃあ、またねー」


 シャルロットは黒い翼を広げて飛び立った。幸いにして、昭広の居場所は空から見ればあえて探すまでもなかった。空中でやり合う両軍の魔女の間をかいくぐり、シャルロットは彼の目の前に飛び降りた。


「おうおう、こいつはヴェステンラントのシャルロットじゃねえか」


 昭広は怯えるどころか、彼女を見て楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「ええ、そうよ。私はシャルロット。知っているのなら、説明は要らないかしら」


 シャルロットは血に染まった長い十本の爪を見せつける。


「ああ、そうだな。お前が殺し屋ってことは知ってる」

「では、死んでもらおうかしらっ!」


 シャルロットは地面を蹴って勢いをつけると、昭広にその爪を振り下ろした。しかし、爪が彼の体に届くことはなかった。


「何っ、お前は!」

「我こそは立花肥前守義茂! また会うとはな」

「ええ、そうね。前は殺し損ねたけど、今回はちゃんと殺してやるわ!」


 シャルロットは義茂に飛びかかり、数太刀を浴びせる。しかし彼は秀でた剣技で彼女の爪を受け止めた。魔法ではシャルロットに圧倒的に分があるというのに、全く止めを刺すことは出来なかった。


「――チッ。大八州の奴らはどいつもこいつも……」

「鬼道に頼り切り鍛錬を怠る者が、我らに勝てる筈がない」

「はっ、言ってくれるじゃない!」


 シャルロットは全力で義茂に斬りかかった。義茂の刀に両手の爪を叩きつける。お互いの足が土を抉り、地面にめり込む。


「私の爪で傷もつかないなんて、その刀も特別なのかしら?」

「そうだ。伊達殿から伝授された刀だ」

「ああ、あいつね。道理で――っ」

「おいおい、俺のことを忘れないでもらいたいぜ」


 シャルロットの体を昭広の槍が横から貫いた。肩から心臓を貫き、脇腹から穂先が飛び出る。シャルロットはよろめき数歩下がった。


「こいつ……」

「さあ、どうしてくれるんだ? それでは心臓も治せはするまい」

「心臓、ね。でも残念。私には心臓なんて要らないのよ?」

「何?」


 シャルロットは槍が体に突き刺さったまま後ろに飛び退いた。その動きが鈍ることすらなかったのだ。


「おいおい、どうなってやがる」

「教えてあげない」

「ふん。まあいいさ」

「さて、シャルロット。お前では私には勝てない。まだ戦うか?」

「あなたも勝てないでしょう?」


 シャルロットは今のところ義茂に止めを刺せず、シャルロットは止めを刺しても生き返る。最早、この二人の戦いに決着がつくことはないのだ。


「嶋津殿、こいつは私が足止めしておきます。嶋津殿は兵を率いて進んでください」

「そうか。じゃあ行かせてもらうぜ」

「あーあ、これじゃあダメね。帰るわ。またいつか殺し合いましょう」

「……そうか」


 シャルロットの作戦は失敗した。そして彼女は案外往生際がよい。


 大八州勢の突撃は止まらず、ヴェステンラント軍は完全に総崩れとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る