鶴山城の戦いⅣ
「ここが我らの死に場所ぞ! 眼前の敵をことごとく打ち払え! かかれっ!!」
「「「おう!!!」」」
鶴山城の城門は開け放たれ、そこから数千の騎兵が飛び出して来た。嶋津、大友、龍造寺の精鋭部隊であり、城門の周囲にいたヴェステンラント兵をことごとく斬り伏せると、そのままヴェステンラントの大軍に向けて猛然と突撃を始めた。
騎馬の突撃力と、まさか大八州軍が向こうから仕掛けてくるなどとは思わなかったヴェステンラント軍の油断によって、ヴェステンラント軍の先鋒はたちまち突き崩され、押し返されていく。
「ど、ドロシア様! 敵です! 敵が打って出て来ました!」
「見れば分かるわよ! それで、状況は?」
「敵の勢いは甚だしく、先陣を切った部隊は総崩れとなって、こちらに押し寄せてきております!」
兵士達は力攻めによる疲れと、大八州の騎馬隊に恐れをなし、たちまち戦意を失って後方に逃げていた。
「陣形を立て直しなさい! こちらの方が兵力では圧倒しているのよ!」
「む、無理です! 兵は統制を失い、多くの将が討ち死にしているのです!」
「クッソ……」
大八州兵は貴族を優先的に狙い、ヴェステンラント軍の指揮系統を崩壊させていた。兵士達は命令を受け付けられる状態ではなく、あっという間に一の備えは崩壊しつつある。
「この混乱が後方まで及ぶのが最悪の事態よ。一の備えはどけさせて、二の備えを前に押し出すわ」
このまま状況を放置していれば敗残兵が後方の部隊になだれ込み、全軍が大混乱に陥る。そうなる前に先手を打ち、まだ無傷の二の備えを前に押し出すのである。
「ドロシア様はどうなされるので?」
「私も下がるわよ。当たり前じゃない」
「わ、分かりました」
まだ3万の部隊が敗れただけだ。まだ7万の部隊が残っている。ドロシアにこれくらいで引き下がる気はなかった。だが、次の瞬間だった。
「ドロシア様!! 伏兵です! 敵の伏兵が現れました!」
「は? どこからよ?」
「そ、それが、左右と後方から攻撃を受けております!」
「んなっ……。囲まれたっていうの?」
「は、はい! 我が軍は完全に包囲されています!!」
「馬鹿な……」
ドロシアはやっと確信した。大八州の狙いは最初からこれで、この為だけに籠城をしていたのだと。今や、全ての部隊が戦闘状態にある。
「で、でも、問題はないわ。伏兵がどこかから襲ってくるのは想定内。その備えはしているもの」
ドロシアは総攻撃の最中でも側面と後背への備えは怠っていなかった。だからまだ負けた訳ではない。だが、敵の狙いは包囲そのものではなかった。
「ど、ドロシア様! 潰走した一の備えがこちらに押し寄せてきております!」
「何? どうして二の備えに道を開けないの!」
「そ、それが、敵の伏兵からも逃げている様子です!」
「そう、か……」
本来一の備えは左右に分かれながら後退し、二の備えが前に出る道を開ける筈であった。だが左右には伏兵がおり、冷静になれば対処出来るものも彼らには恐ろしい敵に見えた。
だから真後ろに、二の備えに向けて後退するしか彼らには道がないのである。
「か、彼らが我が方に押し寄せれば、全軍が総崩れになってしまいます!」
「クソッ! だったら一の備えを戦わせなさい!」
「む、無理ですよ、そんな――」
「こちらに逃げて来る者は弩で殺せ! 逃げて死ぬか戦って生きるか、それ以外の選択肢はない!!」
「なっ――」
ドロシアは全軍が壊滅するのを避ける為、最後の手段に出た。味方に弩を向け、逃げることを許さないのである。一の備えは今や、前後左右全てが敵になった。だから、正面の大八州騎兵と殺し合うしか道はない。
彼らは今や、統制も何もない、ただ死に物狂いで生きるために戦う群衆となった。だが死にたくないという感情は大きな力を産む。大八州騎兵の勢いは、彼らの決死の抵抗で挫かれつつあった。
「こ、これなら戦えるのでは……」
「殿下! 敵の歩兵です! 歩兵が出て来ました!」
「そんなの当たり前じゃ――いや、これはマズいわね……」
騎兵というのは結局一兵科に過ぎない。それだけに突き崩されていたのに、戦争の主体である歩兵が出てきたら、もうこんな荒業で耐えることは出来まい。
大八州の歩兵もまたすさまじい勢いで突撃し、兵士達を薙ぎ倒しながらヴェステンラント兵に突撃する。今度こそヴェステンラント軍も完全に瓦解し始めた。
「だ、ダメです! もう耐えられません!」
「……逃げて来る奴は撃ちなさい! 後退など許すな!」
「は、はいっ!」
ドロシアはついに味方への射撃を開始した。数千の兵が次々と体を貫かれ、前のめりに倒れた。だが一人残らず殺し切ることなど出来ず、兵下達が二の備えになだれ込んでくる。
「二の備え、崩れています!」「もう持ちません!」「敵が! 敵が来ます!!」
「この…………! ふざけるな!!」
大混乱に陥った二の備えに、大八州の武士が嬉々として突撃する。二の備えもまた、ドロシアの陣頭指揮にも拘わらず、兵士達が先を争って逃げ出し始めた。
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