本陣への攻撃

 オーレンドルフ幕僚長とスカーレット隊長は何度も鍔迫り合いを繰り返す。しかし彼女らの決闘に決着が着くことがなかった。しかしゲルマニア軍とヴェステンラント軍の間では決着が着こうとしていた。


「隊長! これ以上は戦えません! 撤退を!」

「おや、どうやらお前の負けのようだな」

「クッ……」

「戦いとは数なのだ、スカーレット隊長。例え一時の勢いがあろうとも、最後に勝つのは勝つ条件を整えた側だ」

「……言ってくれるじゃないか。だが、それは間違っていないな……クソッ。全軍撤退しろ!」

「とっとと失せるがいい」


 ヴェステンラント軍の勢いも、事前に準備を整えていた機甲旅団の持久策の前に敗れ去った。かくして彼女らは壊滅し、敗走した。


「よくやってくれた、オーレンドルフ幕僚長」

「事前の準備が整っていたからだろう。師団長殿のお陰だ」

「まあ、準備も実行も大事だってことだね」


 余裕を見せるオーレンドルフ幕僚長とシグルズ。実際、これで第88機甲旅団の進攻を阻む者はいなくなったのだ。


「よし。目標は敵司令部! 我々を遮る者はもう存在しない。全速力で突っ込め!」

「「はっ!!」」


 ついに機甲旅団本来の仕事を果たせる時が来るようだ。


 ○


「殿下、スカーレット隊長は敵部隊を殲滅することに失敗したようです」

「それはマズいですね……」


 クロエも思わず顔をしかめる。これが失敗したとなると、いよいよ打てる手がなくなって来た。


「敵は恐らく、ここを叩く気でしょう」

「ここ? この司令部が敵の目的だと?」

「ええ、その通りです、シモン。敵部隊の進路を見れば明らかでしょう」

「まさか我々の陣地を全て突破してくるとはな……」


 ヴェステンラント軍は敵を舐めていた。戦争が始まった頃は一方的に蹂躙する対象であったゲルマニア軍に一方的に蹂躙されることになろうとは、夢にも思わなかったのである。


「この司令部が落とされれば、我が軍の指揮系統は壊滅します。戦車を迎撃する為にしたことが、完全に裏目に出てしまいましたね」

「まさか……まさかとは思うが、敵はわざと指揮系統を集中させて、それを壊そうとしているのではないか?」

「そうかもしれませんね。ゲルマニアならやりかねません」


 ヴェステンラント軍もやっと気づいた。戦車への対策を練った時点で既にゲルマニア軍の罠に嵌ってしまっていたのだと。だが、気づくのはあまりにも遅すぎた。


「で、殿下! 敵が、敵が迫っております!」

「もうですか? であれば、総員戦闘用意を――っ」


 その瞬間、激しい爆音が司令部に響いた。


「何だっ!?」

「恐らくは、戦車からの砲撃でしょう。やってくれますね……」


 機甲旅団は榴弾と焼夷弾で砲撃を開始した。たちまち司令部の建物は倒壊を始め、そこら中に火が回り始めた。


「く、クロエ、どうするんだ?」

「取り敢えず抵抗はしますが、司令部はもう終わりですね。全軍が崩壊します」

「何と言うことだ……。クロエ、君でもどうしようもならないのか?」

「恐らくですが、敵にはシグルズがいます。私が出たところで押さえられてしまいますよ」

「そう、か……」


 オーレンドルフ幕僚長がシグルズの直属であることは知られている。つまりここを攻撃しているのがシグルズの率いる部隊だというのはもう確実だ。だからクロエが出てもシグルズと戦うので手一杯になるだけだ。


 守備隊が多少は抵抗を見せたものの、それも対戦車戦を想定した部隊ではなく、あっけなく機甲旅団に殲滅された。


「……不本意ながら、撤退します。どうやら我々は致命的な敗北を喫するしかないようですね」

「何たることか……」


 司令部は跡形もなく崩れ去った。ヴェステンラント軍の前線全体を統率する司令部は崩れ落ちたのだ。


「ルテティアに戻ればそれなりの設備はありますが、やはりここに持ってきたものと比べれば見劣りするでしょうね」

「そうだな……とても全軍を統率出来るものではない」

「クロエ様、ご報告です。各地より、ゲルマニア軍が攻勢を強めているとの報告が入っています。部分的なものではありますが、ゲルマニア軍の狙いが司令部を叩いた後に全面的な攻勢を行うことだったのは、間違いないかと」


 辛うじて持ち出せた魔導通信機に届くのは、各所からの悲痛な報告だけであった。


「マキナ、前線を支えることは出来そうですか?」

「いいえ、クロエ様。敵の戦車はほぼ全ての師団に配置されていますし、弩砲などは爆撃によってことごとく破壊されています。前線は崩壊しつつあるかと」

「そうですか……」


 統制の取れていない軍隊などゲルマニア軍の敵ではなかった。少数の戦車部隊を中核とした師団で十分に突破することは出来る。


 ○


 同刻。ヒルデグント大佐は当然、他の師団に先んじて塹壕線を突破。そして一路ルテティアを目指して進撃していた。


「大佐殿、前方に敵の砦です」

「分かりました。では殲滅します」

「それが、その敵なのですが……」

「どうしたのですか?」

「敵には魔導兵がいないようで、ただの兵士が砦を守っているようです」


 砦を守るのはルシタニア大陸軍。ただの人間の守備隊であった。


「それが何だと? 我が総統に逆らう者は全て殲滅するだけです」

「……分かりました」


 彼ら――大陸軍は榴弾砲と火炎放射器の前に一人残らず殺された。

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