戦術爆撃

「あれは厄介だな、師団長殿。こちらから突っ込んでは、大きな損害が出ることは避けられない」

「ど、どうしましょう、シグルズ様……」


 弩砲の耐久力などないに等しい。榴弾を当てられれば簡単に撃破出来るだろうが、その前にこちらも矢に貫かれて戦車のいくらかを失ってしまうだろう。まだまだ作戦の第一段階に過ぎないここで、戦車をそう易々と失う訳にはいかない。


 しかしシグルズは余裕そうであった。


「問題ない。こういうことも想定済みだよ」

「ほう? 何か作戦があるのか?」

「作戦と言うよりは、まあ準備と言うか。とにかく、司令部に繋いでくれ、ヴェロニカ」

「は、はい」


 ヴェロニカは魔導通信機で方面軍司令部に通信を繋ぎ、シグルズに手渡した。


「こちら第88機甲旅団、ハーケンブルク少将。指定座標に爆撃を要請」

『はっ。直ちに航空部隊に通達します』

「爆撃?」

「そうだ。今回の作戦には爆撃機も全機投入されている」


 10分ほどの睨み合いをすると、けたたましいエンジン音を立てながら、5機の大型爆撃機が飛来した。


 ○


「ノエル様! 空から何か来ます!」

「何だって?」


 馬車に載せた弩砲を持った部隊を率いているのは、赤の魔女ノエルである。彼女らは遠くの空を飛ぶ、巨大で異様な物体を確認した。爆撃機を実際に見たことはなかったのである。


「ノエル様、恐らくあれは爆撃機です。ダキア方面で何度か確認されているものです」

「ああ、あれか。確か、結局有効な対処は出来ずにダキアは降伏したんだったな」

「はい。その通りです。ですので……私達にはこれを何とかする方法はありません」

「おいおい、どうすんだ」

「まあ、どうすることも出来ないですね」

「あっそう……」


 爆撃機に対抗出来るのはシグルズと女王ニナくらいなもので、ノエルでも無理だった。つまるところ、どうしようもない。


「敵、爆撃機、接近してきます!」

「あー……全軍散開しろ! 集まってたら爆殺されるぞ!」

「は、はい!」


 ヴェステンラント軍部隊は散開し、出来るだけバラバラに、かつ広範囲に広がった。咄嗟の判断とは言え、爆撃への対策としては最もよいものだっただろう。だが、残念ながらその程度で爆撃機の目から逃れることは出来なかった。


 爆撃機は急降下して高度を落とし、分散した弩砲一つ一つを狙って爆弾を投下する。


「や、やられるっ!」

「弩砲から離れろ! 奴らの狙いはそれだ!!」


 ノエルの号令で、兵士達は弩砲を捨てて逃げ出した。そして次の瞬間、投下された爆弾によって魔導弩砲は木端微塵に吹き飛ばされ、木片の塊になった。


「クッソ、やってくれるじゃねえか。損害は?」

「弩砲はほとんど全部がやられました。残ったのは4基ほどです……。ですが、兵士の損害はありません」

「そうか。一度撤退する。私達がいても何の意味もない」

「はっ!」


 クロエがその存在に賭けていた対戦車部隊は、急降下爆撃によってあっという間に無力化されてしまった。そして第88機甲旅団は進撃を再開する。


 ○


「――そうですか。ノエルの部隊が爆撃機に。やってくれますね、シグルズ」

「どうしましょうか、クロエ様。この調子だと、他の対戦車部隊も同様の攻撃を受けることは明らかかと」


 スカーレット隊長は言った。ゲルマニア軍の爆撃機は無傷だし、何度でも爆撃をすることが可能なのはダキア戦で分かっている。このままでは他の機甲旅団を相手にする予定だった部隊もことごとく壊滅させられてしまうだろう。


「どうやら、弩砲というものはやはり、どこかに隠して運用するのが最も良い使い方のようですね。ダキア人は図らずも最適な使い方をしていたようです」

「もう少しダキア戦の研究をしていれば……申し訳ありません、クロエ様」

「別にいいですよ、スカーレット。それよりも問題は、我が軍が戦車に対抗する手段の半分を失ったことです」

「残るは、白兵戦で奴らの装甲を溶かすのみ……」


 とは言えその戦術も、ゲルマニア軍がかなりの対策を編み出している。最初は装甲車を戦車の劣化版だと思っていたが、それは戦車に取り付いた魔導兵を撃ち殺すのに最適な、戦車の弱点をよく補う兵器であった。


「こうなったら、物量で押し潰すしかないようですね。敵を防衛線の内側に引き込んで、包囲して押し潰します」

「それは……クロエ様にしては兵の犠牲が大きくなる作戦を……」

「本当はこんな作戦はしたくないんですが、機甲旅団は我が軍にとって最大の脅威です。多少の犠牲を出そうとも、何としても壊滅しなければなりません」

「……はっ。クロエ様がそう仰るのなら、私が先陣を切りましょう」


 せっかく指揮系統を一本に纏めたのだから、クロエはそれを最大限に使うことにしたのである。


「しかし、前線も全体的に、ゲルマニア軍の戦車に押されて部隊を動かすのは難しいぞ?」


 陽公シモンは言う。機甲旅団だけではなくその他の部隊の攻勢も激しく、自由に動かせる部隊は少ない。


「それでも、何とかするしかありません」

「……そうだな。その為の司令部だ」


 クロエとシモンにはまだまだ作戦が残っていた。

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