第四十章 『春』作戦

決行の日

 ACU2313 4/5 神聖ゲルマニア帝国 ルーア王国 ブルークゼーレ基地


 ついに春作戦が決行される日がやって来た。シグルズ率いる第88機甲旅団はここブルークゼーレ基地に敵の中央を突破するC軍集団として配置され、作戦に当たっては敵の塹壕を突破、後方の司令部を破壊し、ヴェステンラント軍の指揮系統を壊滅することになる。


 しかしシグルズは、作戦の詳細を眺めながら何やら唸っていた。


「どうしたんだ、師団長殿?」


 オーレンドルフ幕僚長は作戦配置図と睨めっこしているシグルズに尋ねた。


「ああ……大したことではないんだが、兵力が少ないんだ」

「少ない、とは?」

「全部足してみても、西部方面軍が動員出来る兵力より40万ばかり少ない」

「後方で予備として置かれているのではなく?」

「違う。それも計算には入れてるんだが、どうも数が少ない」

「ふむ……」


 オーレンドルフ幕僚長ももう一度計算してみたが、結果は同じだった。そこには40万人近い大軍が書かれていない。つまりは配置されていないのだ。物資は万全の筈であり、乾坤一擲のこの作戦で、それほどの兵力を何の意味もなく遊ばせておくとは思えない。


「或いは……あのザイス=インクヴァルト大将のことだ、まだこの配置図には書かれていない部隊があるのかもしれない」


 オーレンドルフ幕僚長はそんな推測を述べた。


「確かに、普通に考えたらあり得ないけど、あの人ならやりかねないかもな」

「そうだろう。そして私は、何となくその意図が分からないのでもない」

「そうなのか?」

「ああ。作戦配置図を見てみれば分かるが、この作戦は根本的に敵を包囲する気がない。塹壕は完全に破壊するが、それだけだ」

「そう言われてみれば、確かに」


 ザイス=インクヴァルト大将はヴェステンラント軍を包囲殲滅すると宣言しながら、その作戦に包囲の要素はまるでない。塹壕を突破した全軍は、そのままひたすら前進してルシタニアの主要都市を攻略せよとあった。


 しかし、ヴェステンラント軍を殲滅するという言葉に嘘はない筈。その目的と手段の齟齬と、この40万の軍勢とは、何か関係があるのかもしれない。


「と言うことは、40万の部隊で何らかの包囲をしようとしている、ということか」

「恐らくは。私にもその詳細までは分からんが」

「いや、それで十分だ。とにかく、僕達は作戦を素直に実行しようじゃないか」

「そうだな。我々の作戦の命運がかかっているのだから」


 帝国軍にたったの3個しかない機甲旅団だ。1個旅団当たりの責任は重大である。決してしくじることは許されない。


「それでは、第88機甲旅団、出撃する! 目標は、魔導探知機により解析された、敵司令部。これを迅速に叩き潰し、大攻勢を仕掛ける機を作り出す!」


 かくして春作戦は開始された。


 ○


 同日。ヴェステンラント軍司令部には、クロエとシモンを始めとして、ヴェステンラント軍とルシタニア共和国軍の重鎮が揃っていた。


「いやはや、驚きましたよ、クロエ様。まさかヴェステンラント軍が魔導通信機を盗聴することが出来るとは。この技術さえあれば、戦争ももっと早く終わらせることが出来たというのに」


 ド・ゴール大統領は皮肉っぽく言った。


「ええ、まあ、無暗に使う訳にはいかないんですよ。もしもゲルマニア軍にこのことがバレたら大問題ですから」

「そうですか。しかし、奴らも思ってはいないでしょうな。機甲旅団の居場所が我々に筒抜けであることは」

「ええ。そうでしょうね。機甲旅団を迎え撃つように弩砲を配置しました。迎撃は容易でしょう。そして同時に、ここから全軍を統率し、犠牲を最小限に抑えるように撤退させながら、精鋭部隊で敵の戦車を叩いていきます」

「大陸軍も戦線を支えます。ただの銃弾でも歩兵相手なら十分に有効ですからな」

「ええ。お願いします。兵の数を多く見せるのは、敵を撹乱する常套手段です」


 この戦いがゲルマニア軍の総力を挙げた大攻勢であることは既に察知している。つまり、これを迎え撃つことに成功すればゲルマニア軍は余力を使い切り、いよいよ戦争に終止符を打つことが出来る。


 どちらが勝とうとこの戦争にとって大きな転機となることは間違いない。だからこそ、彼女は全力でゲルマニア軍と相対するのだ。


 だがそれは当然、ゲルマニア軍も同じことである。


 ○


「――最初の塹壕を完全に制圧しました。次に進みます」


 ヴェロニカはシグルズに報告した。地図や通信機が完備された指揮装甲車に、第88機甲旅団の指導部が乗り込んでいる。


「よし。このまま前進、敵の塹壕を全て、完全に突破する」

「はいっ!」


 今のところ作戦は順調だ。戦車と装甲車を盾にして塹壕に接近し、機関短銃を持った兵士が塹壕を突破する。捻りのない戦術ではあるが、それだけに隙もない。第88機甲旅団を阻める者はいない、そう思われたが――


「っ、シグルズ様! 前方に大きな魔導反応です!」

「分かった。確認する」


 装甲車から身を乗り出して確認すると、その先では馬車の荷台に積まれた魔導弩砲が二十ほど、シグルズを狙っていた。またどちらの射程にも入っていない遠距離である。

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