ブリタンニア海峡決戦Ⅱ

 アトミラール・ヒッパーは一方的な砲撃を続け、たちどころに10隻以上の敵主力艦を撃沈した。しかし、敵もやっと何が起こっているのか把握したらしい。


「敵艦隊、全速力で前進してきます! 速いです!」

「魔法を用いた軍艦だ。そりゃあ速いだろう」


 ヴェステンラントの船でも普段は魔法など使わずに風と櫂で航行する訳だが、戦闘時となると魔法を消費することに遠慮はなく、まるで蒸気機関を搭載しているかのような速度でヴェステンラント艦隊は動き回るのだ。


 そしてヴェステンラント艦隊は今、アトミラール・ヒッパーに肉薄することを試みているようだ。


「問題ありません、閣下。アトミラール・ヒッパーは仮装巡洋艦などとは違います」

「そうだな。副砲も充実しているし」


 仮装巡洋艦は主砲を動かせないと言う欠陥品であって、肉薄されると敵に手出しが出来なかった。だがこの戦艦アトミラール・ヒッパーであれば、敵がどこにいようと射程内であれば敵を狙い撃つことが出来る。


 更には敵が接触するくらいに接近した際の為に短距離用の副砲も整備されており、シグルズもシュトライヒャー提督もこの武装に自身を持っていた。


「全力で砲撃を続けよ! 敵を一隻たりとも近づけさせるな!」

「て、提督!」

「何だ!?」

「3番砲塔が故障して動きません!!」

「何!?」

「閣下……クリスティーナ所長が言っていたことではありませんか」


 シグルズは冷静だった。故障が多くまだ完成品とは言い難いとクリスティーナ所長から警告を受けていたのだから、砲塔が動かなくなるのは想定内だ。


「あ、そ、そうだな。修理にはどれくらいかかりそうか?」

「見込みを立てるのは難しいですが……電気系統の不具合ですので、おおよそ30分もあれば修理出来るかと」

「まあまあかかるな……30分もあれば敵艦隊と接触してしまう」


 砲戦能力が3分の2に低減するのは芳しくない事態だ。


「閣下、修理を優先すべきでしょう。敵艦隊に接近されたらされたで、副砲で迎え撃てばいいのですから」


 ――僕が動かすのは面倒くさいし。


「そうだな。よかろう。直ちに3番砲塔の修理にかかれ! その間、残りの砲塔は全力で敵艦隊を吹き飛ばせ!」

「はっ!」


 アトミラール・ヒッパーの火力は、砲塔を1つ失っても恐るべきものであった。ヴェステンラント艦隊は一本の矢を放つ機会すら与えられず、たちどころに艦隊の半分を喪失していた。


 だが、そろそろ彼らの順番が回ってきたようだ。


「ヴェステンラントの弩砲の射程に入ります!」

「了解だ。アトミラール・ヒッパーを前線に押し出し、他は下げよ」

「はっ!」

「3番砲塔、修理が完了しました! 動かせます!」

「よろしい!」


 アトミラール・ヒッパーから見れば、射程のかなり内側。ヴェステンラント艦隊にとっては射程ギリギリ。これでようやく条件は対等となった。


「敵艦、発砲!」

「この子に弓矢ごときが効くものか!」


 ヴェステンラント艦隊はアトミラール・ヒッパーたった1隻の為だけに、全ての魔導弩砲を動員して射撃をかけた。しかし、その攻撃は1つの例外もなくアトミラール・ヒッパーの装甲に弾き返された。


 そもそも木造船に装甲板を張り付けただけの甲鉄船でも防げた攻撃だ。鋼鉄の戦艦にそんなものが通用する筈がない。


「ふん。雑魚が! 副砲で敵艦を――あれは……」

「閣下、コホルス級魔女多数、接近してきます!」

「見ればわかるわ!」


 艦隊から鳥の群れのように飛び立つ影。千を超えるその影は全て、ヴェステンラントの魔女である。エウロパ方面のコホルス級魔女のほとんどがここに集結しているのだ。


 当然ながら、その狙いはアトミラール・ヒッパーに乗り移り、それを制圧することであろう。彼女らの火力でアトミラール・ヒッパーを撃沈するのは不可能だ。


「迎え撃てっ! 一人として甲板に乗せるな!」

「はっ!」


 アトミラール・ヒッパーはヴェステンラントのこの戦術を警戒し、地球のそれにも劣らないほどの対空兵器が搭載されている。対空機関砲を艦に固定し操作しやすくしたものが30門以上、また炸裂弾を装填した高角砲が12門配置されているのだ。


「撃ち方始め!!」


 対空戦闘が始まった。それを埋め尽くすほどの鉄の暴風、そして炸裂弾からばら撒かれる鉄片を喰らい、たちまち百を超える魔女が海面へと落ちていった。だが、その時だった。


「な、何だあれは、砲弾が空に止まっている、だと?」

「あれは……!」


 数万の砲弾が空中に制止し、言わば安全地帯が形成されていた。魔女達はその回廊を通りアトミラール・ヒッパーに接近する。それを作っている魔女に、シグルズは一人しか思い当たる人間がいなかった。


「閣下、白の魔女クロエです。間違いありません。彼女ならば、アトミラール・ヒッパーの対空砲火すら無力化出来てもおかしくはないかと」

「ど、どうするんだ?」

「僕が何とかしますよ。こいつで」


 シグルズは魔法で、自分の背丈より大きい巨大な野戦砲を召喚した。


「お、おお……」

「対戦車砲です。これならクロエでも受け止めきれない筈です」

「うむ。頼む」


 シグルズは召喚した5cm対戦車砲を携えて甲板へ出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る