ブリタンニア海峡決戦

 ACU2313 3/9 ブリタンニア連合王国 王都カムロデュルム


「ほう? ゲルマニアが艦隊を出して来たと?」


 安楽椅子の上で本を読みながらだが、赤公オーギュスタンは僅かに興味を示した。


「はい。概ねゲルマニア海軍が保有する全艦艇を出して来ています。また、中に初めて確認する鋼鉄の船があるようです」

「また新たな兵器を用意してきたのか。面白い。敵の狙いは我が軍と艦隊決戦を挑むことだろう。であれば、受けて立つまで。全艦隊をブリタンニア海峡に集結させろ」

「て、敵がどこを目指しているのかは不明ですが……」

「ブリタンニア海峡以外のどこを制したいと言うのだね?」


 いきなりオーギュスタンに先手を打たれるところから、艦隊決戦は始まるのであった。


 ○


 ACU2313 3/12 ブリタンニア海峡


 ゲルマニア海軍の稼働する戦闘艦艇のほぼ全て、戦艦が1隻、甲鉄船が3隻と、戦列艦が20隻ほど。アトミラール・ヒッパー以外の艦隊があまりにも残念であるのは、それを再建する予算をことごとく彼女に回したからである。


 つまるところ、アトミラール・ヒッパーが使い物にならなかった場合、帝国海軍は艦隊をまるまるドブに捨てたことになる訳だ。


「敵艦隊を視認! 流石、艦橋があると視野が違いますね」

「うむ。まったく、シグルズ君の設計思想には驚かされるばかりだよ」


 艦橋というのはこれまでのどんな船にもなかった概念だ。この一段高い洋上の櫓の上から、司令部は戦場の全体を見回すことが出来る。


「いえいえ、僕は理想を語っているだけです。それを実現して下さるライラ所長が凄いのですよ。――意味が分からないくらい」

「思い付く人間がいなければ彼女とて何も出来なかったろう。で、敵の戦力は?」

「はっ! ガレオン船が60隻、その他小型船が150はあるかと」

「何? まさか、敵に動きを読まれていたのか?」


 ゲルマニア艦隊はほとんど準備らしい準備をせずに港から飛び出した。まあそれは常に出撃の準備が整っていたからではあるのだが。しかし、それなのに敵艦隊が準備を整えているのは納得がいかない。


「提督閣下、敵はあのオーギュスタンです。僕達がここに来ることくらいすぐに察知出来るかと」

「それほどまでの相手か」

「はい。彼の知性には最大限の尊敬を払わざるを得ませんね」


 シグルズは嫌と言うほど思い知らされた。ヴェステンラント軍の背後にいるオーギュスタンという男の能力を。彼は人間が想像し得ることならば全て言い当ててしまうような、そんな男だ。


「とは言え、奴とてアトミラール・ヒッパーの能力までは推し量れまい。先手を打ってその度肝を抜いてやろうじゃないか」

「名案です、閣下」


 シグルズとシュトライヒャー提督は笑みを浮かべた。


「よーし。全主砲、砲撃戦用意!」


 アトミラール・ヒッパーの2基4門の19センチパッスス主砲。地球で言うとほぼ戦艦三笠(初代)の主砲と同じ口径である。しかしこの世界では前例のない巨大砲であり、それは地上でこれをそのまま運搬する手段が存在しないほどだ。


 アトミラール・ヒッパーは艦体を敵艦隊と平行に向け、その主砲をゆっくりと旋回させる。クリスティーナ所長が心配していた主砲の駆動系は今のところ問題なさそうだ。


「照準を完了しました!」

「うむ。それでは撃ち方始め!」

「はっ!!」


 アトミラール・ヒッパー以外のどの船のどの武器も、敵を射程に収めていない。ただ彼女だけが攻撃を開始したのである。


 空気を震えさせ、海面に衝撃波を走らせ、耳をつんざく爆音を響かせ、アトミラール・ヒッパーの主砲はついに火を噴いた。放たれた徹甲弾が敵艦隊に命中するには十数秒を要し、その時間はひどく長く感じられた。


 そして、ついに砲弾は敵に到達する。


「3、2、1、着弾!」

「おお……」


 着弾した辺りで激しい水柱が上がる。それだけで誰も見たことのない光景だ。だがあまりの水飛沫に、すぐに敵艦隊の被害を確認することは出来ない。


「どうなっているんだ……沈めたのか?」

「しょ、少々お待ちを。えー……あ、あれは、敵ガレオン船が真っ二つになっております! それも2隻! 更に多くの船が浸水しているようです!」

「よっしゃ!! やってやった!」


 大はしゃぎするシュトライヒャー提督の姿はいつものことである。


「もっとも、木造帆船に対しては威力があまりに過大ではありますが」

「……まあ、確かにな。以前の仮装巡洋艦の主砲でも十分だったんだ。そもそもどうしてこんな超大口径の主砲を造ったんだ?」

「理由は二つあります。一つは我が国の国力、技術力を見せつけ、ヴェステンラント軍を圧迫すること。第二に、大八州方面で何度も確認されている大型魔導戦闘艦を撃破する為です」

「噂には聞くが、まだ我々と遭遇したことはないあの船か。ここに出てくると思うか?」

「出て来たならば、この主砲で沈めるまでです」

「そう、だな」


 正直言って普通のガレオン船団などアトミラール・ヒッパーの敵ではない。彼女にとっての敵はヴァルトルート級魔導戦闘艦及びイズーナ級魔導戦闘艦なのである。

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