春の目覚め作戦、第一段階

「シグルズ、諦めた方がいいよ。君の炎で私の氷は溶かせない」

「分かってるさ。だが少なくとも、君はここに釘付けにすることは出来る」

「釘付け……っ! 何!?」


 クラウディアが立つU-1の艦橋に、突如として大地震のような振動が走った。と同時に、U-1は潜航を始めたのである。


「一体何が……氷が破られたか」


 U-1正面の氷の壁に大穴が空いていた。U-1はその穴を通過すべく全速力で前進を始めた。


「逃がさない!」


 即座にその穴を塞ごうとするクラウディア。


「おっと、そうはさせない!」

「クッ……」


 クラウディアがその場を離れようとした途端、火力を一気に強めるシグルズ。作戦とはこれである。シグルズの炎をかき消すことにクラウディアを釘付けにして、その間にU-1が自力で氷の壁を突破、離脱を図るのである。


 結局クラウディアはシグルズの策にまんまと嵌ってしまった。


「で、殿下、どうされますか? 追いかけましょうか」

「いいえ。もうどうしようもならない。そもそもこれは仕事じゃないし」


 クラウディアにU-1を追いかける気はなかった。しかし次の瞬間、更に大変な事が起こる。


「殿下! 山が、山が崩れています!」

「え? あ、本当だ」


 山崩れだ。土色の雪崩がターリク海峡に注ぎ込む。


「こ、これは……」

「ぼさっとしないで! 逃げるよ! こんなのは私でも防げない!」

「は、はっ!」


 余りにも巨大な質量。クラウディアの魔法でもその奔流を阻止することは不可能だ。


「海峡と、私達の潜水艦船が……」

「船は通れなくなったね。何がしたいのかは分からないけど」


 クラウディア率いる黒の国の部隊は、そもそも偶然にU-1と会敵しただけである。彼女らはヌミディア大陸南端の拠点へと帰還した。


 ○


 ACU2313 3/11 神聖ゲルマニア帝国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「――閣下のご命令通り、ターリク海峡を封鎖することに成功しました」


 シグルズはザイス=インクヴァルト大将にことの一部始終を報告した。作戦目標は達成し、ターリク海峡は封鎖された。


「よろしい。これで作戦の布石が一つ、整った」

「しかし、ターリク海峡を塞ぐことに何の意味が……」


 クリスティーナ所長は大将に尋ねた。彼女の作品がよく分からないことに使われているのは、少々納得がいかないのである。


「それはまだ教えることは出来んよ。だが潜水艦は私が望んだ通りの活躍を見せてくれた」

「そうですか。まあ、それならいいんですが……」

「とにかく、作戦は順調なのだな?」


 ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト大将に尋ねた。


「はい。作戦は順調です。地中海は今や、完全に出口のない牢獄と化しました。春の目覚め作戦の第一段階は、これにて完遂されたのです」

「春の目覚め?」

「ああ、これは失礼を。今回の作戦名である。ヴェステンラント軍を撃滅する作戦に向けた一連の用意を、春の目覚め作戦と命名しております」

「そうか。それはまあいい」


 正確にはガラティア帝国の領土にある運河が残っているが、ここをヴェステンラント艦艇が通過することをガラティアが許しはしないだろう。地中海のヴェステンラント艦隊は、外洋に出る手段を失った。


「とは言え、それは我々も戦艦を地中海に送れないということだ。ヌミディア大陸を丸一周すれば不可能ではないが」


 ヴェステンラント艦隊を分断することに成功したとは言え、依然として地中海には強大なヴェステンラント艦隊が残っており、戦艦なしでは制海権を握ることなど不可能だ。


「ええ、それが現実離れしております。ですから地中海の制海権はヴェステンラントのものとなるでしょう」

「そ、それでいいのか? ガラティア帝国経由で外に出るのは容易だが……」

「ええ。何も問題ありません。そしてこれから、春の目覚め作戦の第二段階を開始しようかと思います。もっとも、これはこれで多岐に渡る作戦なのですが」

「ふむ。次は何をすればいいんだ?」

「まず海軍にはブリタンニア海峡の制海権を取って頂きます。シュトライヒャー提督、お願い致しますよ」

「せ、戦艦を出撃させるのか」

「ええ。まあ手段は問いませんが、それが最もよいでしょう」


 戦艦の出番だ。ザイス=インクヴァルト大将は、ヴェステンラントと艦隊決戦を挑んでくれと軽く要求したのである。


「まあ、戦艦は出せなくないですが、以前に申し上げたように故障が多いですよ?」

「それについては案ずるな。シグルズに同行してもらう」

「あ、いいんですか、彼をもらっても?」

「ああ。陸上での作戦の予定はないのでな」

「ありがとうございます。ではありがたく頂きます」

「僕の意志とは……」


 こういうのはせめて本人がいない場所で話し合うべきだろうに。クリスティーナ所長もザイス=インクヴァルト大将も、細かいことを気にしなさ過ぎだ。


「ふむ。行きたくない理由でも?」

「いえ。問題はあいません」

「そうか。ならばよい」

「うむ。それでは我が総統、戦艦アトミラール・ヒッパーの初実戦を兼ねて、大陸沿岸の制海権を確保して参ります」

「頼んだ」


 だが、まだ誰もザイス=インクヴァルト大将の作戦の全容は知らない。

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