ターリク海峡の戦闘Ⅱ

「うーん、どうする、シグルズ?」

「それは……ええ、U-1が攻撃を受けていて…………」


 シグルズはすっかり気が動転していた。この世界では絶対に敵に見つからない無敵の存在だと思っていた潜水艦が、初めての任務であっさりと発見されて攻撃を受けているのである。


「シグルズ、U-1は攻撃されている。それを事実として受け入れよう。その上で、私達は何をすべき?」

「そ、それは……とにかく、U-1を助ける必要があります。同時に、ターリク海峡を塞ぐ必要もあります」

「じゃあこうしよう。私はどこかに隠れているよ。何か合図を送ってくれたら、私が爆弾を起爆する。シグルズとヴェロニカはU-1の救援に向かって?」

「わ、分かりました」


 ライラ所長が何に対してもあまり関心を示さないのが、今回ばかりは役に立った。冷静なライラ所長の提案通り、シグルズはU-1の救援に向かった。だが、特にヴェステンラントの船舶は見当たらなかった。


「敵がいない? まさか、ただの誤認か……?」

「とにかく、U-1に戻ってみてはどうでしょうか?」

「あ、ああ、そうだね。戻るのが最優先だ」


 シグルズとヴェロニカは小型潜航艇に乗り込み、U-1に戻ろうとした。だが次の瞬間、向こうからやって来た。何も命じていない筈なのにU-1が海面に浮上してきたのである。


「こ、これは一体……」

「……U-1、聞こえるか? 何があった?!」


 魔導通信機で呼び掛けるも応答はなし。不気味なこと極まりない状況だ。


「ど、どうしましょう……」

「外から乗り込むしか――っ!?」


 その時、ハッチが開いた。しかし中から出て来たのはゲルマニアの水兵ではなく、黒いドレスを着た少女だった。


「……君は誰だ?」

「私は黒の魔女にして黒公、クラウディア・ファン・ノワール。そう言う君は?」

「僕はゲルマニア軍のシグルズ・フォン・ハーケンブルク少将だ」

「なるほど。君が噂の」


 世界でも最強の魔女同士の対面だ。どちらも武器など持っていないが、一触即発の空気が満ちていた。


「し、シグルズ様……相手は五大二天の魔女です……」

「大丈夫。何とかなるさ」

「何を話しているの? 私を無視して」

「ああ、すまない。では僕の要請を聞いてくれるかな?」

「何?」

「君が乗っているその艦は、我々ゲルマニア海軍の所有物だ。早急に返還してもらいたい」


 まあ聞き入れてくれる筈などないが。どちらかと言うと宣戦布告のようなものである。


「それは無理。この艦は私達がもらう。乗組員なら返してもいいけど」

「それは困ったな。だったら、武力で奪い返さざるを得なくなる」

「私に挑戦しようと言うのなら、受けて立つけど」

「だったら正々堂々と戦おう。ヴェロニカ、離れて」

「は。はい!」


 シグルズは両手に速射銃(バトルライフル)を作り出し、クラウディアに向けた。そして引き金を引いたが――その弾丸がクラウディアに届くことはなかった。


「な、何だこれは……」


 クラウディアの周りに、いや、U-1を覆いつくすように、巨大な氷の塊が生成された。弾丸は氷の壁に突き刺さって止まってしまう。


「自分だけ城の中に立て籠るとは、卑怯じゃないか!」

「籠城も立派な戦術でしょう?」

「……声は通るのか」


 わざわざ会話は出来るようにしてあるらしい。氷の城の中からクラウディアの声が聞こえた。しかし、それは空から水中に至るまで、完全にU-1を取り囲んでおり、侵入する余地はなかった。


「氷だったら、溶かしてくれよう!」


 シグルズは手の先から炎を放った。激しい蒸気が上がったものの、溶けた部分は瞬時に修復され、全く突破することは出来ない。


「クソッ。何て氷だ」

「シグルズ様、どうしましょう。これではこちらから手を出せません」

「ああ。困ったね。向こうのエスペラニウムが尽きるまで戦うのもありではあるけど、現実的じゃない」

「そうですね……」


 全く以て手詰まりだ。それにここは敵の勢力圏。いつまでも睨み合いをしていてはヴェステンラント軍の援軍がやって来るだろう。時間をかける訳にはいかない。


 と、その時だった。U-1から通信が入った。


『閣下、作戦があります。どうか、信じていただけますか?』

「作戦? そもそもお前達は動けるのか?」

『はい。今なお艦内にヴェステンラント兵がおりますが、主要な区画に動けるものを配置しております。彼らはU-1のどこが機関部でどこが艦橋なのかも分からないようですから』

「やるじゃないか」


 U-1はヴェステンラント兵にとっては当然、全く訳の分からない船だ。適当な嘘をこしらえれば、主要な区画をどうでもいい区画だと偽るのも容易い。


「それで、作戦というのは?」

『我らが氷を打ち破ります。しかし、そのままではすぐに黒の魔女に塞がれてしまうでしょう。そこで閣下には、外から攻撃を加え続け、黑の魔女の余力を奪っていただきたいのです』

「なるほど。分かった。その作戦、乗った。存分に戦ってくれ」


 U-1には作戦があった。それを支援するべく、シグルズは巨大な氷の塊に向かって、ありったけの魔力を使って龍の吐息のような炎をぶち当てた。

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