洋上の白兵戦

「こんな形で奇襲するのは悪いんだけど……」


 シグルズは対戦車砲を肩に担ぎ、クロエに狙いを構える。そして魔法で引き金を引こうとした、その時だった。


「うっ……な、何、がっ……」


 胸に激しい痛みを感じて視線を下ろすと、彼の胸から剣先が生えていた。彼の血が滴る剣は、無慈悲に引き抜かれた。シグルズは突然の出来事に何の対応も出来ず、その場で対戦車砲を落とし、崩れ落ちてしまった。


「な、治さ、ないと……」


 シグルズは魔法で剣が貫いた穴を即座に塞いだ。これで傷は完全に治った。だが、あまりの痛みと衝撃で、すぐさま戦闘を継続するなど到底不可能であった。


「チッ。死なないのか。貴様もシャルロット様のようにしぶといようだな」

「だ、誰だ……」


 冷たい女性の声。体を仰向けにしてその姿を視野に入れる。


「マキナじゃ、ないか」

「そうだ。貴様がこういうことをするのを想定し、事前にこの船に侵入しておいた」

「やるじゃないか……」


 クロエのメイド、マキナ・ツー・ブラン。体を透明にする彼女特有の魔法を用いてアトミラール・ヒッパーに侵入し、シグルズを監視していたのだ。そして一番いいところで彼を刺し貫いた。


 マキナの作戦は成功し、シグルズの目論見は完全に破綻した。彼の体にはもう傷一つないが、手足は震え、立ち上がることは出来なかった。


「ここで貴様を殺してもいいが、貴様にはいくらかの恩もある。命までは取らないでやろう。そこでこの船が我々に奪われる様を見ているがいい」

「随分、手緩いじゃないか……」

「クロエ様からのご命令がなければ殺していた。では、また」

「な、舐められたものだな……」


 個人的な感情か、それともまだシグルズをヴェステンラントに引き込んで利用しようと考えているのか、ともかくシグルズは行動不能にされただけだった。だがその間に、ヴェステンラントの魔女はアトミラール・ヒッパーに次々と乗り移って来ていた。


 ○


「閣下! 敵が、敵が甲板に次々と乗り移って来ております!」

「狼狽えるな! 総員白兵戦開始! 全ての防御火器は迎撃を開始せよっ!!」


 白兵戦への備えは、恐らく地球のそれと比べても秀でたものだ。兵士達には機関短銃が行き届いており、艦内には遮蔽物や曲がり角が多数、意図的に設けられている。


「突撃! 船を奪えっ!」


 白の国の突撃隊長、女騎士スカーレット隊長は配下の魔女達に命じた。ヴェステンラントの魔女は扉を破壊し、艦内へ侵入する。


 だが次の瞬間、狭い通路に侵入した魔女達が一斉に倒れた。廊下の奥にはゲルマニア兵が遮蔽物を構えて機関銃を設置していた。魔女達は各々が咄嗟に防壁を作り、銃弾を防ぐ。


「隊長! 機関銃です! こんな狭い道では、回避のしようがありません!」

「姑息な……だが、我々がその程度のものに怯えるものか! 総員、恐れるな! 数で押し切れ!」

「で、ですが……!」

「私が先陣を切る! お前達、私に続け!」

「え、ちょ、隊長!?」


 スカーレット隊長は白銀の鎧を煌めかせ、武骨な魔導剣を持って自らアトミラール・ヒッパーに飛び込んだ。


「敵の指揮官だ! 撃ち殺せ!」

「その程度、このスカーレットに効くものか!」


 スカーレット隊長は全身を防御できるほどの盾を作り出し、それを軽々と片手で持ち上げ、廊下を突っ走った。


「く、来るなっ!!」

「誇り高き騎士を舐めるな!」


 スカーレット隊長は機関銃を操作する兵士を斬りつけた。


「こ、このっ!」


 ゲルマニア兵は機関短銃で応戦しようと試みる。だが、銃を取り出した時点で彼の体は切り裂かれた。


「下がれ! に、逃げろっ!」

「ふん。去るがいい。軟弱ものどもめ」


 スカーレット隊長は逃げる兵士を追いはしなかった。武器を持たぬ相手を斬るのは彼女の趣味ではない。しかし、彼女はこの戦場では最も適した魔法を持った魔女だった。


 ○


「閣下! 艦内に侵入した敵が、次々と防衛線を突破しています! 第七区画まで入られました!」

「何という奴らだ……クッ……シグルズはどうなっている?」

「それが、ハーケンブルク少将とは連絡が付かず……」

「まさか、あの彼が……いや、それで狼狽えていかんな。彼に頼った戦術など、彼が最も嫌うことではないか」

「か、閣下……」


 敵にはどうやらかなり強力な魔女がいるようだ。だが、こちらの切り札とは連絡が付かない。何とか兵士達の力だけで彼女を打倒しなければならないのだ。


「その一団以外は押さえられているのだな?」

「は、はい」

「であれば、余剰の全戦力を前線に投入せよ! 奴らを挟み撃ちにする! アトミラール・ヒッパーを奴らの墓場にしてやれ!」

「はっ!」


 スカーレット隊長は取り敢えず艦橋辺りを目指して走っているだけだ。地の利は完全にこちら側にある。スカーレット隊長を上手く誘導し、包囲することが出来れば、恐らく勝機はあるだろう。


「敵部隊、第五区画に侵入!」

「よし。ここを奴らの棺桶にする! 総員、突撃!」


 条件は整った。シュトライヒャー提督は最善の位置に兵士を配置し、そして一気にスカーレット隊長を包囲しにかかったのである。

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