進軍開始

 ACU2313 1/13 帝都ブルグンテン 総統官邸


「なんと……ルシタニアではそんな恐ろしいことが起こっているのか」


 異民族を堂々と排斥し始めたド・ゴール大統領に、ヒンケル総統は極めて大なる嫌悪感を持った。


「総統閣下、それでは早々にルシタニア共和国とやらを滅ぼすのがよろしいでしょう」


 ザイス=インクヴァルト大将は言う。ド・ゴール大統領の蛮行は、彼の目には総統をやる気にさせる絶好の機会と映った。


「ああ。西部方面軍には最大限の配慮をしよう。だがその前に、ルシタニアから脱出してきた人々については、全て我が国で受け入れろ。これは総統命令だ」

「それはよろしいですが、難民の数は数十万に上るでしょう。どのように遇するおつもりですか?」


 カルテンブルンナー全国指導者は尋ねた。確かにそれだけの人間を生かすのは、帝国にとって大きな負担だ。


「ザウケル労働大臣、我が国の労働者は足りていないのだろう?」


 総統は常に白衣を纏ったこの女性、クリスティーナ所長またはザウケル労働大臣に尋ねる。


「ええ、そうですね。労働者の数は常に足りていません。数十万の労働者が降って湧いてくるなら大歓迎です」


 若に男のほとんどが徴兵され女子供老人を工場に投入している労働省だが、それでも日の日の増える兵器の需要を十分に満たせているとは言い難い。


「労働力として使おうということですか。しかし、労働に適さない子供、老人、障害者はどうするおつもりですか?」

「それは……労働省としては受け入れられないですが……」

「それでも受け入れよ。私はゲルマニアの総統だが、一人の人間として、あの狂気の大統領に虐げられた人々を助けたい」


 決して安い労働力を得る為の手段ではなく、ヒンケル総統は本気で彼らを救いたいと思っていた。


「そこら辺の事務は南部方面軍に任せることになりそうだが、よいか?」


 総統は南部方面軍総司令官フリック大将に問う。曲者揃いの参謀本部では極めて普通と評判のこの男は、本来担当するガラティアとゲルマニアが半同盟関係であるさいで、こういう人手が必要な事務仕事に駆り出されている。


「ええ、構いませんよ。難民の住居、食事などは確保しておきます」


 しかし、ルシタニア共和国内で反体制派への過激な粛清が行われている事実に変わりはなかった。


 〇


 ACU2313 1/11 ルシタニア共和国 首都ルテティア


「大統領閣下、国内の王党派の一斉検挙が完了しました。これでヴェステンラント軍を妨害する勢力は一掃されたと言えるでしょう」


 フーシェ警察長官は落ち着き払った声でそう報告した。


「――とのことです、ノエル様」


 ド・ゴール大統領は赤いドレスを着て姿勢悪く座った少女にそのまま報告した。赤の魔女ノエル・ファン・ルージュである。


「お、いいじゃないか。これでいよいよルシタニアを滅ぼせる」

「ノエル様、私達がいるのもまたルシタニアですよ」


 ノエルの傍に立つ眼鏡の少女ゲルタはすぐに突っ込みを入れた。


「ん? ああ、すまんすまん。ルシタニア王国だったな。奴らを一緒に滅ぼそうじゃないか!」

「はっ。閣僚一同、その時を待っておりました」

「共和国内に軍勢は用意してある。補給が整い次第、すぐに出陣するぞ!」


 ノエルの「すぐに」という言葉は本当にすぐである。実際、2日後にはヴェステンラント群主力は南ルシタニア制圧に向けて出陣した。


 ○


 ACU2313 1/16 ルシタニア王国 マフティア


 ヴェステンラント主力部隊6万は南下し、ルシタニア王国南海岸の都市マフティアに向かった。王都マジュリートは一先ず置いておいて、地中海を経由するゲルマニアの支援を断とうというのがノエルの作戦である。


「まあ親父に言われただけなんだが……」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもない。それより、見えて来たな」

「はい。あれがマフティアです。相変わらず要塞化されているようですね」


 ルシタニア王国の他の大都市と同じく、マフティアもまた簡単な城壁で市街地を囲い込んだ要塞の体を為している。


「しかもマフティアは港町です。包囲しても私達の方が疲れてしまうだけでしょう」

「厄介だな、そいつは」


 港にはいくらでも武器弾薬や兵糧が輸送されてくるだろう。包囲を続けたところで意味はないし、ヴェステンラント軍がただ疲弊するだけだ。


「まあ海を塞げれば包囲は成立するんですが……」

「ああ、確かにな。じゃあそうしよう」

「いいえ、私達の海軍は大八州方面に取られて、包囲は維持出来ないかと。それにゲルマニアの甲鉄艦は沈められていませんし、大艦隊を地中海に動かすとガラティアを刺激しかねないので無理です」


 海軍だけは魔法に頼らず建設しなければならない。国力で他国に劣るヴェステンラントは艦隊の損害を補填出来ず、その戦力は逓減するばかりである。


「お、おう……分かった。じゃあ包囲は諦めよう」

「そうせざるを得ませんね」

「だったら、とっとと落とそうか。全力で攻撃だ!」

「そうなりますね。頑張りましょう」


 ノエルは早速マフティアへの総攻撃を開始した。ゲルタは残念ながら戦術的な知識には乏しかった。

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