ルシタニア革命裁判所
ACU2313 1/4 ルシタニア共和国 首都ルテティア
「これより人民裁判を始める!」
ドブレ裁判長は集められた被告人達の前でそう宣言した。しかし次の瞬間に彼の口から飛び出したのは、信じ難い言葉であった。
「被告人ダランベール、判決を伝える! 国王の徴税人として数十万の無辜の民を虐げた罪にて、死刑とする!」
「は……? 弁論の一つもなしに判決? 貴様は頭でも狂ったのか!?」
「これは民意である! 民が被告人に死を求めている以上、判決は死刑以外にあり得ない!」
「ふざけるな! これのどこが裁判だ! 法も秩序もないただの茶番ではないか!」
「共和国においては民意が法であり、民意が正義である。貴殿に一切の抗弁は認められない。悔いるのならば自らの行いを悔いるがいい」
ド・ゴール大統領は極めて過激な民主主義者である。彼の政権において、民意は神のごとく崇拝を受けている。
「裁判官の諸君は疑問に思わないのか!? この狂人が何を言っているのか、分からない貴殿らではないだろう!」
ダランベールは裁判長の左右に座った裁判官達に問いかける。だが彼らは黙って目を伏せるだけであった。誰でもこれが狂気の演劇であることなど知っている。だがそんなことを主張したら殺されるか投獄されるとも知っていた。
「民主主義に仇なす大罪人。貴様などに貸す耳はない」
「これが民主主義だと? 笑わせてくれる。私もルシタニアの普通の国民なんだぞ!」
「民主主義にとって害となる者はルシタニア国民ではない。付け上がるな」
「クソッ。狂人め」
ダランベールは小声にすることもなく言い放つ。だがドブレ裁判長は顔色一つ変えなかった。
「罪人が何か喚いているようだ。衛兵、彼をつまみ出してくれ!」
「このっ、狂人どもが!」
裁判という名の儀式を終え、ダランベールにもう用はなかった。彼は法廷から追い出される直前にこう叫んだ。
「国王陛下万歳! 民主主義者に死を!」
「ふん、人民の敵め」
「貴様らこそルシタニア人民の敵だ!」
そして翌日、ダランベールは断頭台に送られたのであった。
〇
「大統領閣下、ドブレ裁判長は今日だけで15人を処刑したようです」
「実に結構なことだ。人民の敵をわざわざ税金で生かす価値はない。まあ本当なら裁判なども時間と金の無駄なのだがな」
「お言葉ですが、処刑されたのはただの徴税人や地方貴族です。反体制派を封じ込めておく為に拘禁するくらいならまだしも、何の罪もない人間を処刑するなど……」
「それが民意だ。民意がそれを望むなら、私はそれを実現する」
彼の行動は人気取りの為の演技などではない。本当に民意を国策の中心に据えようとする、本物の狂信者なのだ。
「民意など――何の知識もない情緒だけで動く愚鈍な民衆の声など、聞くに値しません!」
「……そうかそうか。君も反民主主義者か。では革命裁判所を楽しんできてくれ」
「正義を貫いて死ねるのならば、それで結構! 大統領閣下には着いて行けません!」
「悪人ほど正義を騙るものだな」
ド・ゴール大統領は部下を処刑することに何の躊躇もなかった。そしてそれを実行出来る力は、彼が編制した秘密警察にある。
「フーシェ君、彼を拘束してくれたまえ。反革命の王党派だ」
「はい、ただ今」
ド・ゴール大統領が命じたやつれた男はフランソワ・フーシェ警察長官である。実際に会ってみると全く覇気のない男だが、その能力は恐ろしく高く、ルシタニア人からは吸血鬼と恐れられている。
「――まさか彼が反革命勢力と結託していたとは、思いもよりませんでした」
「よいのだ。人の心まで調べ尽くせとは言わん」
「そうありたいものです」
「そうだ、ちょうどいい。国内情勢について定期報告を頼む」
「はい。現在、王党派に内通する国内の不穏分子の調査を進めています。数日のうちにこれらを一斉に検挙し、国内の反体制派を殲滅出来るかと」
「それは素晴らしいな。是非とも頼むぞ」
つまるところ、ルシタニア軍が北ルシタニアに潜ませている軍人のことである。北ルシタニアでヴェステンラントの補給線を襲撃して回っている彼らを標的にして、フーシェ警察長官は作戦を進めていた。
これが成功すればルシタニア軍はまた窮地に立たされることになるだろう。これまでにないくらいの窮地に。そして恐らく、この男は何でもないことという風な顔をしてこれを成し遂げる。
「秘密警察には頑張ってもらおう。さて、他に報告はあるかな?」
「内務省から報告です。国内にいる異民族の権利を停止するように請願が来ています」
「ほう。国王が全く聞き入れなかった案件だな」
ルシタニアにはそれなりの数の異民族が暮らしている。彼らは多くのルシタニア人から嫌われているが、国王はその権利を保障し危害を加える者に厳罰を与えていた。
「どうされますか? このような案件はなかなか処理の難しいかと思いますが……」
「対応は簡単だ。選挙を行う。民意がそれを求めるのであれば、異民族の権利を停止する」
「そ、それは……」
選挙をやればその提案が可決されるのは目に見えている。異民族は少数派だからだ。だから選挙など意味がない。
それは分かっているのだが、フーシェ長官に睨みを効かされ、誰も口には出せなかった。そして数日後には、その提案は可決された。
「これより血統的ルシタニア人以外の権利を停止する。これは民意である」
ド・ゴール大統領はそう宣言した。
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