第三十八章 半島戦争(2313戦役)

第三機甲旅団

 ACU2313 1/1 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 総統官邸


「新年明けましておめでとうございます、我が総統。栄光ある2313年を。早速ですが、親衛隊から一つ提案があります」


 カルテンブルンナー全国指導者は年初めだと言うのに無駄に活力に溢れている。


「ああ、おめでとう。で、提案とは何だ?」


 ヒンケル総統、或いはヒンケル国家元帥は尋ねる。軍政改革は皇帝と妥協し、ヒンケル総統を軍部の最高指導者とすることで、間接的に軍部の全てを皇帝の統帥権の下に置けるようにしたのであった。


「軍部が確保出来ずに困っておりました機甲旅団の司令官ですが、親衛隊からいい人材をご紹介出来ます」

「ふむ。取り敢えず聞かせてくれ」

「我が愛娘、ヒルデグントです」

「む、娘さん???」


 シグルズはその時、恐らくこの世界に転生してから最大に困惑していた。このどう考えても人を愛せなさそうな人に娘がいる??


「私に娘がいて悪いですか、ハーケンブルク少将?」

「い、いや、とても良い事だとは思いますが……その、非常に意外で」

「私の妻も娘も、我が総統と国家に忠誠を尽くすよいゲルマニア人です」

「そ、そうですか」


 この人は総統への忠誠という面では本当にブレない人なのだなと思うシグルズであった。しかしそれと実際に使える人材かは別だ。


「それで、君の娘は機甲旅団の司令官として使えるのか?」

「はい。彼女には親衛隊機甲部隊を任せております。実によく暴徒を殲滅してくれていますよ」

「最近暴れ回ってるのは君の娘だったのか……」


 東部方面軍総司令官ローゼンベルク大将は溜息を漏らす。親衛隊が最近反乱分子に過激な対処をしているのは分かっていたが、まさかその先鋒が全国指導者の娘だったとは。


「暴れ回っているとは失礼な。我が子は法を厳に守っているだけです。あなた方がピョートル大公の処刑を止めさせたように」

「ぐぬ……」


 確かに軍部は親衛隊との対抗上、法を絶対視するという立場に立って、ピョートル大公の処刑を止めさせた。


 同じ理屈で意趣返しをされて返事に窮するローゼンベルク大将は、帝国一の策士に目で助けを求める。


「ふむ。そもそも我が国の押し付けた法に正当性があるかに問題があるとは思うが、今重要なのは彼女が使えるかどうかではないかね?」


 西部方面軍総司令官ザイス=インクヴァルト大将はローゼンベルク大将を助ける気はなさそうだ。


「……そうか。まあ一旦置いておこう。カルテンブルンナー全国指導者、君の娘さんが兵を率いるのにそれなりの素質を持っていることは認めよう。だが、それと戦車を使いこなせるかは話が別だ。そもそも彼女は、武器を持たない暴徒を相手に一方的な虐殺を行っているだけではないか」


 ローゼンベルク大将は、親衛隊への偏見を抜きにしても甚だ疑問であった。民衆を焼き殺しているだけの司令官に、実際の機甲旅団を率いてヴェステンラント軍と戦うことが出来るのかと。


「確かに彼女の戦闘経験は十分とは言えません。とは言え、その程度のことすらしたことのない将校しかいないから、軍部は未だに第三機甲旅団長を決めかねているのではありませんか?」

「それは……まあな。確かにその程度の経験がある人材すら、軍にはいない」


 シグルズとオステルマン中将を除けば、帝国で戦車の運用経験の最もある人材がこのヒルデグント司令官ということになるだろう。その点については残念ながらローゼンベルク大将も認めざるを得ない。


「ザイス=インクヴァルト大将閣下、我が娘を使わない理由はないのではありませんか?」

「そうだな。ではありがたく我が軍の麾下に加えさせてもらうとしよう」

「お、おい、いいのか? そんな二つ返事で承諾して」

「私は優秀な人間なら誰でもいいのだ。まあ結果が出せなければ親衛隊に帰ったもらうだけだがな。それにローゼンベルク大将、君の方も、彼女を疫病神だと思っているのではないのか?」

「まあ、それは否定しないが……」

「であれば、東部から彼女を引き抜かれるのはいいことではないか」

「まあな」


 ローゼンベルク大将としては面倒なヒルデグント司令官がいなくなってくれて寧ろ嬉しいところだ。


「総統閣下、それでよろしいですか?」

「ああ、君がいいのなら何でも構わん」


 かくして帝国の機甲旅団を率いる人間は決まった。


「しかし、彼女の扱いはどうするんだ? 彼女は軍人ではないんだぞ?」


 ローゼンベルク大将は問う。親衛隊はあくまで社会革命党の私的組織であるから、その幹部であるヒルデグント司令官は確かに軍人ではない。


「そこら辺は適当で構わんさ。軍人への道は全てのゲルマニア人に開かれているからな」

「では、その階級はどういう扱いに?」


 シグルズは尋ねた。旅団を預けるからにはそれなりの階級が必要である。


「そうだな。まあ師団長の一つ下ということで大佐でよかろう。君は師団長の功があって少将だが、彼女はそうではないからな」

「妥当な判断ですね」


 シグルズ・フォン・ハーケンブルク少将とオステルマン中将は以前の功績で得た階級そのままで、ヒルデグント司令官には旅団長相応の階級を与えということになった。

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