マフティアの戦い

 ACU2313 2/2 ルシタニア王国 マフティア


「アルタシャタ様、東門に敵軍が攻め寄せてきております」

「つまらん策だ。敵の将軍は戦術家としては二流のようだな」


 ガラティアから亡命した客将、アルタシャタ将軍がマフティアの防衛を任されている。ルシタニアはとっくにヴェステンラントがここに攻撃してくるという情報を掴んでいた。


「それでは、作戦通りということでよろしいですか?」

「それで問題ないだろう」


 アルタシャタ将軍は不敵な笑みを浮かべた。


 〇


「敵がいないな……」

「ええ、いませんね……」


 西門から攻撃を仕掛ける本隊は、ノエルが直接指揮を執る。しかし城門の目の前に来ても、敵からは矢の一本も飛んでこなかった。


「非常に嫌な予感がするのですが……」

「敵がいないならありがたく城を頂くまでだ。全軍、前進しろ!」

「――はい」


 城門は鉄製の堅牢なものだったが、魔法で簡単に焼き切り、ヴェステンラント軍は易々とマフティアに侵入する、と思っていた。


「ああ? 何だこれ? 壁か?」


 城門を突破した筈のノエルの目の前には城壁があった。左右を見渡してもどこまでも広がっている。


「二重の城壁、でしょうか。しかも門の位置はズレているようです」

「使いにくそうな城だな」

「はい。平時を考えればそうでしょう」


 少なくとも二重の円形城壁があり、その城門は45度ほどズレている。つまり、市内に入るには内側の城壁の周りをグルグル回って内門まで歩かねばならない訳だ。


 当然ながら地上から市内への出入りは致命的に悪い。だが今は戦時だ。民衆の利便などよりも優先すべきことがある。


「よし。じゃあ門まで歩くか」

「ちょ、ちょっと待って下さい、ノエル様」

「何だ?」

「私は戦術には明るくないですが、どう見てもこれは敵の罠です。この城壁の上から機関銃で私達を攻撃する気ですよ!」

「ああ、まあそうだろうな」


 ノエルにもそれくらいは分かる。左右に敵の城壁があり、こちらは撃たれ放題だ。


「だが、だったら何が出来るって言うんだ? どの道進むしかないだろう? 向こうがやろうってんなら、全力で殴り返すだけだ!」

「ま、まあそれもそうかもしれませんが……」


 それが敵の作戦ではあるのだが、結局のところ城内に侵入する手段はこの隘路を通って内門に辿り着くしかない。それを避けて通ることは不可能だ。


「で、では空から行きましょう。城門などコホルス級の魔女なら簡単に越えられます」

「まあな。じゃあやってみるか?」

「へ? や、やってみるとは……」


 ノエルは黒い翼を広げて、風圧で周りのものを吹き飛ばしながら一気に上空へと舞い上がった。


「の、ノエル様!?」

「ついてこい!」


 ゲルタは必死にノエルを追う。二人は内側の城壁に近づいた。すると途端にけたたましい銃声が響き渡った。


「ノエル様!」


 ゲルタは咄嗟にノエルと自分を守る鉄の壁を作った。その壁には無数の銃弾が打ち付けた。


「ほら、こういうことだ。お前がいなかったら私は死んでる」

「……分かりました。ノエル様の勝ちです」


 ゲルマニア製の対空機関砲。戦争の初期に投入された兵器であるにも拘わらず、ヴェステンラント軍は未だに根本的な対策を見いだせずにいた。今のように優秀な魔女の個人技で攻撃を防ぐことは出来るが、組織的な対策はない。


 ノエルとゲルタは地上に戻った。


「まあ地上から攻めるしかないだろうな」

「分かりました。そうしましょう。全軍を押し出します」


 ヴェステンラント軍は城壁と城壁の間の狭い空間を前進する。そして全軍が隘路に入ったところで、ルシタニア軍の攻撃は案の定始まった。


「敵の機関銃です!」

「魔女隊は全力で弾を防げ! 全軍、歩みを止めるな!」


 魔女達は鉄や土や氷で軍勢を覆うような屋根を作り、魔導兵まで銃弾を通さない。そしてその屋根の下を魔導兵達は疾走し、内門を目指す。


「クッソ……どんだけ長いんだ?」

「マフティアをまるまる一周する道の8分の1ですからね……」


 ルシタニアは地上から人を入れる気がないらしい。長大な道が続き、無数の弾丸が雷雨のように打ち付ける。


「――だが、これなら行ける。このまま突っ走れば――何!?」


 その瞬間、爆音と共に陣形の一角が吹き飛んだ。魔導兵が空を舞い、黒煙が空高く昇っている。


「じ、地面が爆発した? 一体何が――っ!」


 次々と正体不明の爆発に襲われるヴェステンラント軍。兵士はすっかり恐慌状態に入り、秩序は乱れていた。


「どうなってやがる……」

「新兵器、でしょうか。私達が近づくと爆発する爆弾を、ゲルマニアは開発したようです」

「なんてこった……そんなの躱しようがないじゃないか」

「ええ。それを仮定するなら、どうしようもありませんね……」


 それは紛れもなく地雷である。シグルズが片手間に提案しライラ所長が開発した代物だ。数は少なく国境を地雷で埋め尽くすなんて真似は不可能だが、このような隘路に設置すれば、少数で非常に大きな物理的、心理的な効果を上げることができる。


 アルタシャタ将軍の作戦の一つは、完全に成功した。

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