裏切りⅡ
「っ! オリヴィア!」
イズーナから爆煙が上がるのを見て、シャルロットの思考は妹の生死に染まった。
「何をよそ見をしているか!」
立花肥前守は呆然としているシャルロットに斬りかかり、その両腕を落とした。だがシャルロットは痛がる素振りも見せず、腕のないまま飛んだ。
「逃げるかっ!」
立花肥前守には彼女を追うことは出来なかった。卓越した剣の腕でシャルロットと戦えていただけで、彼自身の魔法はそう強いものではない。
「オリヴィア、無事でいて……」
ふらふらと体を揺らしながらシャルロットはイズーナへと飛んだ。一方立花肥前守はヴェステンラントの軍船に取り残される。
「おっと……そなたら、私と戦いたいか?」
「そ、それは……」
「私も戦う気はない。さらばだ」
「あ、ちょっ、待て!」
立花肥前守は舷に立つと、そのまま身を海に投げた。と、思われたが、その落ちた先には大八洲の軍船が待ち構えていた。
「あの大船――イズーナに向かうぞ!」
「はっ!」
義茂はシャルロットを追って戦場の中心へと向かった。
〇
「船が沈んでいる。一体何が……」
「殿! 申し上げます! 船底の火薬に火が点き、船に大穴を開けたようにございます!」
「なるほど。誰かこの船を意地でも渡したくない者が、船を沈めてしまおうとした訳か」
甘粕蘇祿太守は瞬時に状況を理解した。
「どうされますか?」
「沈むのを止められそうか?」
「穴は余りにも大きく、我々ではどうしようもないかと……」
イズーナを構造に精通したヴェステンラントの魔女なら話は別だっただろうが、津波のごとく押し寄せる水に、大八洲の武士は対処のしようがなかった。
「そうか。なれば、次善の策だ。この船は沈めるに任せよ」
「――はっ!」
「それと、捕らえた者も我らの船に連れて行け。船に置き去りになどするでないぞ」
甘粕蘇祿太守は非道な人間ではない。敵国の民とは言え、溺れ死なせるつもりはなかった。しかしラヴァル伯爵などを大八州の船に移している時、それはやってきた。
「オリヴィアはどこにやった?」
凍てつくような少女の声。振り返るとそこには全身血塗れのシャルロットが立っていた。
「シャルロット様……どうしてここに。立花肥前守様は倒されたのですか?」
「いいえ。あんな奴に興味はないから置いてきただけよ。それより、オリヴィアは?」
「オリヴィア様は見かけていませんが……確かにどこに行ったのか……」
「とぼけるな!」
オリヴィアは既に船から脱出している。甘粕蘇祿太守は本当のことを言っただけなのだが、その言葉はシャルロットの逆鱗に触れてしまったらしい。彼女の爪が甘粕蘇祿太守の首に突き付けられる。
「またこのような……。殺したいのなら殺せばいいでしょう」
「あなたの命になんて興味はないと言っている。オリヴィアは?」
「だから知らないと……っと、少々お待ちを」
伝令の兵士から渡された魔導通信機を甘粕蘇祿太守は何事もなく取った。
「ふざけるな!」
「オリヴィア様について何か分かったのかもしれませんよ?」
「……それなら、早くしろ」
魔導通信機ごしに何かを話している甘粕蘇祿太守。シャルロットにはその僅かな時間ですらもどかしかった。彼はほんの数十秒で通信を終わらせた。
「で、何って? 返事次第では殺す」
「我らの船がオリヴィア様を拾い上げたとのことです。オリヴィア様はご無事ですよ」
海を漂っていたオリヴィアは大八州の軍船に拾い上げられ、結局また虜囚の身となっていた。とは言え、イズーナを大八州に奪われる前に沈められただけ十分であろうが。
「そう。なら今すぐ返せ」
「いやいや、そうは行きませんよ。仮にもヴェステンラントの大将なのですから」
「ならお前を殺す」
「いいのですか? 私を殺せばオリヴィア様も殺すように伝えてありますが」
「クソッ……。でもあなたも死にたくないでしょう?」
「ええ、その通り。ですから話し合いで解決しましょう。オリヴィア様は返します。その代わり、私を殺さないで頂きたい」
何とも奇妙な捕虜交換である。だが、互いの利益になることだ。シャルロットはその提案をすぐさま受け入れた。
「分かったわ。今すぐオリヴィアに会わせて」
「構いませんが、その前にこの船を降りてもいいですか?」
「……ええ」
イズーナはもう船の半分以上が沈んでいた。甘粕蘇祿太守とシャルロットは大八州の軍船に移り、そこで捕虜交換を済ませた。シャルロットは暴れてやりたかったが、傍に立花肥前守がいて何も出来なかった。
〇
「クッ……イズーナが沈んだわね……」
イズーナは巨大な渦を作りながら海の底に沈んでいった。ヴェステンラント最強の戦闘艦はあっけなく消えてしまったのだ。
「奪えはしなかったか……。だが、これで十分だ」
「大八州人ってのは本当に汚い奴らね、本当に。まあ有色人種だから仕方ないかしら!」
何もかもが上手くいかないドロシアは恨み節を立花少納言に浴びせた。しかし彼女は沈痛な面持ちをするだけで、反論もしなかった。
「その誹りはいくらでも受けよう」
「……あっそう。まあいい。あんなところに取り残された兵など、私達が殲滅するまで。甘粕蘇祿太守には死んでもらうわ」
「それはどうかな。そなたらもまた大船を失い、苦しいだろう」
「…………」
甘粕蘇祿太守はヴェステンラント艦隊のど真ん中に取り残されているが、ヴェステンラント軍も旗艦を失い指揮統制が崩壊している。この戦い、本当に醜い泥仕合になるしかないようだ。
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