邁生群嶋海戦Ⅱ
「ん……何かが迫っているようだ……」
義茂は敵兵を殲滅した後、突然立ち止まって完全に静止した。
「ど、どうされましたか、殿?」
「何か、何か強く恐ろしいものがここに……っ!」
「殿っ!!」
突然空から降ってきた影に義茂は完璧に反応し、その斬撃を防いだ。着地したその影は、血塗れの服を着た少女だった。
「なるほど。そなたが音に聞きしヴェステンラントの魔女」
「ええ、シャルロットよ。あなたは音に聞く立花肥前守かしら?」
「いかにも。強き者同士は惹かれ合うと言うが、あながち間違ってはおらぬようだな」
言葉を交わしている間にも、シャルロットは短剣のような爪を、義茂は二本の刀をいつでも相手を叩き斬れるように構えている。もしもその間に割って入ろうものなら、一瞬にして細切れにされるだろう。
「少しも怯んですらくれないのね。でも私、そういう人を待っていたの」
「なれば、私ならそなたを満足させられるだろう」
義茂もまたシャルロットと睨み合うことを楽しんでいた。彼にとっても、自分と張り合える人間とは暫く戦っていなかったからだ。
「じゃあ……死んでもらおうかしら!」
「残念だが、その望みを叶えることは出来ない」
シャルロットは魔法で足の筋肉を一時的に強化すると、弾丸のような勢いで義茂に踏み込んだ。しかし義茂はその爪を難なく逸らした。
シャルロットの爪は義茂の体の左右を掠め、二人の胴体同士が激しく衝突した。だが義茂の鎧はその衝撃を簡単に吸収し、シャルロットはそもそも痛みなどを気にしない。
「んなっ……」
「その程度か?」
「チッ……」
シャルロットは同じような勢いで飛び退いた。そして再び睨み合う。
「さあ、かかってくるがいい」
「と、殿、どうかご自愛を……」
「私がやらねばお前達はとうに死んでおる。案ずるな。私が誰かに負けたことがあったか?」
「それはありませんが……」
「であれば、我を信じよ」
かくして義茂とシャルロットは並大抵の武士の目にも留まらぬ剣戟を繰り返した。
〇
「シャルロット様は立花肥前守なるものと戦っており、それ以外の戦線は互角と言ったところです」
ラヴァル伯爵はドロシアに報告した。今のところヴェステンラントの作戦は概ね成功しており、大八洲勢の攻撃を食い止めている。
「いい調子ね。このまま戦っていれば勝てるわ」
戦況が互角ならば、兵力で圧倒的に優るヴェステンラント軍が勝つ。ドロシアは勝利を確信した。が、その時だった。
「ドロシア様! 一大事にございます! 敵の強大な魔女が西に現れ、我が軍の戦線を荒らしに荒らしております!」
「何? 立花は東にいる筈でしょ」
「違う魔女です! それも我々の手には負えないほどの魔女が迫ってきております!」
「なるほど……」
ドロシアは自分でも驚くほど冷静であった。起こったことは単純である。敵にシャルロットと同格の魔女がもう一人いた。それだけのことだ。だが大問題である。
「ねえ甘粕、立花肥前守以外に魔女がいるなんて聞いてないんだけど?」
「私も全ての大名の懐刀を把握している訳ではありません。大友家には義茂様とは別に力を持った武士がおるのでしょう」
「チッ……」
ヴェステンラントとしてはマズいことになった。レギオー級の魔女でも手に余る敵が二人も同時に襲いかかって来たのだ。であれば、もう一人のレギオー級の魔女が出るしかない。
「……私が出るわ。ラヴァル卿、オリヴィエ、留守番は頼んだわよ」
「お任せ下さい」
「はい」
ドロシアは黒い翼を羽ばたかせ、西の前線へと向かった。
〇
「私に挑むものはおるぬのか!」
「に、逃げろ……!」
「ふん。つまらぬ奴らめ」
死体の山の真ん中に佇む、大八洲には珍しい鎧兜を纏って刀を持った女性。彼女はヴェステンラントの艦隊を飛び移り、乗組員を次々と壊滅させながら、旗艦イズーナを目指していた。
「へー。あれか噂の魔女ね。よっと」
ドロシアはその男勝りの女性の前に降り立った。
「貴様は、ヴェステンラントのドロシアか」
「ええ、そうよ。あなたは?」
「私は立花少納言だ」
「立花? もしかして、あっちの立花と夫婦だったりするのかしら?」
ドロシアは面白がって言った。だがそれは本当のことだった。
「いかにも。立花肥前守は我が夫。夫婦で共に大友家を守護しているのだ!」
「……あっそう。でもこの程度の兵力で私達を止められるとでも思っているのかしら?」
「やってみなくては分からぬ!」
立花少納言はドロシアに斬り掛かった。だがドロシアはそれを相手にすることはなかった。
両者の間に厚く高い土の壁が現れ、立花少納言の刀はその中にめり込んで止まってしまった。
「何っ……」
「あなたと戦う気なんて更々ないわ」
ドロシアは魔法の杖を構え、立花少納言の行く手を完全に阻むように壁を作った。
「卑怯者め!」
「私はあんたを止められればそれでいいのよ。決闘なんて興味ないわ」
「クッ……」
立花少納言を簡単に無力化して悦に入るドロシア。だがその時、背後から突如として爆煙が轟いた。
「あ? 何よ?」
振り返ると、旗艦イズーナから火の手が上がっていた。
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