第三十七章 南北より迫る影

一方その頃ダキアでは

 ACU2312 11/8 キーイ大公国 オブラン・オシュ


「――暴動ですか?」

「はい、司令官閣下。市民が懲りずに暴動を……」


 司令官と呼ばれた軍服を着こなした女性は、親衛隊ダキア方面隊のヒルデグント司令官である。ゲルマニアにおいて数少ない師団長級の権限を持った女性の一人だ。まあ親衛隊ということでその地位は国軍に比べたら一段劣るのだが。


「規模はどれほどですか?」

「およそ二千人です」

「そうですか。規模が大きいですね」

「はい。近頃では最大級かと」


 ゲルマニア軍の懸命な努力にも拘わらず、ダキア各地で物資不足が発生していた。ちょくちょくその不満が爆発していたが、今回は反乱と呼んでもいい規模のものだ。


「民衆は市街地の大通りを占拠しています。どうされますか?」

「歩兵だけでは難儀でしょう。戦車を用いて殲滅してください」

「せ、戦車ですか……」

「はい。一人残らず殺してください」


 ヒルデグント司令官は普通に話していたら礼儀正しく丁寧な人なのだが、指揮を執るとその命令は極めて苛烈である。まるで人間を人間と思っていないように。


「私が現場で指揮を執りましょう。すぐに全ての戦車を出撃させて下さい」

「……はい。分かりました」


 ○


 大通りを占拠してくれたのは、それを鎮圧したい側にとって好都合だった。戦車は道を塞ぐ人々を前後から挟み込み、細い通りへの道は歩兵が塞いだ。虫一匹逃さない完璧な包囲の完成である。


 ヒルデグント司令官は一応は慈悲を示し、戦車から体を乗り出して降伏を呼び掛ける。


「通りを占拠している方々へ。あなた方の行動は違法です。今すぐに解散しなければ、我々はあなた方を殲滅する用意があります」

「我々は退かない! お前達親衛隊がここを去るまではな!」

「あなた方のような害虫がいるから、我々親衛隊は駐屯しているのです。そして、あなた方の意志は受け取りました。それではさようなら」

「では殲滅しましょう。火炎放射器の用意を」


 戦車の中に戻り、兵士に指示を伝えるヒルデグント司令官。


「準備整いました。……やりますか?」

「はい。前後から同時に攻撃します。一人残らず焼き殺してください」

「分かりました」


 戦車は前進し、群衆との距離を詰める。群衆は戦車に挟まれ、その中央に追い詰められていく。


「撃ち方始め」

「はっ」


 戦車の主砲から一斉に炎が放たれる。たちまち近くにいた百人ばかりが焼け死んだ。


「本気でやってきた!!」「逃げろ!!」「う、後ろからもだ!!」


 民衆は後ろに逃げようとするが、後ろにも巨大な炎の雲が上がっている。そして戦車はなおも前進し、次々と人々は燃やされていく。


「横だ! 横に逃げるんだ!!」


 追い立てられた人々は左右の路地に逃げ込もうとする。だがそこには機関銃を構えた兵士が陣地を構築していた。


「逃げろ!! 敵だ!!」

「どこに逃げろっていうんだ!?」

「クソッ! クソッ!!」


 前後は火炎放射器に挟まれ、左右では兵士達が逃げ道をことごとく塞いでいる。一切の逃げ場を塞がれ、民衆は焼け死ぬか銃弾に貫かれるかを選ぶことしか出来なかった。


「た、助けてくれ!! 降伏する!!」


 民衆は両手を挙げて降伏しようとした。


「司令官、もう彼らに戦い意志などないようです。もういいのでは……」

「いいえ。彼らは見せしめです。反乱分子は害虫のように、一匹残せば増殖するもの。一匹残らず駆除することが必要です」

「……分かりました」


 逃げ惑う市民にヒルデグント司令官が慈悲を下すことはなかった。彼らは一人残らず殲滅され、死体は火炎放射器で焼かれ川に捨てられたのであった。


 ○


 ACU2312 11/8 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「親衛隊はやり過ぎだ! こんなことをしていては増々民衆の反感を買うだけだぞ!」


 東部方面軍のローゼンベルク司令官は、親衛隊のカルテンブルンナー全国指導者に訴える。


「暴徒の鎮圧は我々に一任されています。我々がどうしようと、我々の勝手では?」

「確かにそうだが、親衛隊のせいで軍部が迷惑を被っているのだぞ! 大体、暴徒の鎮圧ごときに戦車を動かすなど――」

「鎮圧ではありません、殲滅です。反乱分子は一人残らず抹殺しなければ、このような反乱は何度でも発生するでしょう」

「その姿勢が反乱を招いているのだ!」


 鶏が先か卵が先かと言った類の議論だ。ゲルマニアがダキアを支配しようとしている以上、この問題を解決することは出来ないだろう。


「まあまあ、感情的になるのはやめてくれ」


 ヒンケル総統は取り敢えず両名を諫める。


「総統閣下、閣下はこのような虐殺を容認されるのですか?」

「そういう訳ではない。とは言え、カルテンブルンナー全国指導者の主張にも一理はあるのも事実だ。難しいところだな……」


 キーイ大公国にはまだダキア全土を支配出来るほどの力はない。だからゲルマニア軍と親衛隊が駐屯することは必要だが、それが反乱を招いてもいる。


「今は何かを変えるべきではない。キーイ大公国の体裁が整えば、少しは事態も好転する筈だ」

「……分かりました」


 現状維持というのがヒンケル総統の判断であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る