晴政起つ

 ACU2312 11/10 大八州皇國 陸奥國 千代城


「ふはは、流石は武田だ。ガラティアをいいように使い潰し、あの北平城を三日で落とすとはな」


 信晴が着々と曉の本丸に迫っていることは、大八州の全ての大名が把握している。もちろん伊達陸奥守晴政も、大陸の戦況を数刻の遅れを除けば完全に把握していた。


「さて、これで武田は勝ったようなもの。勝ち馬には乗りたいが、戦が終わってしまえば自由に領地を切り取ることは出来なくなる。我らが動くべきは今であろう」

「晴政様、まだ武田殿が勝ったと決まったわけではありません。早計は禁物です」


 晴政第一の家臣、片倉源十郎重綱は言う。確かに今は武田に圧倒的な勢いがあるが、国力では上杉の方が圧倒的に上。いずれ武田が息切れして戦況がひっくり返ることもあり得ない話ではない。


「まあな。とは言え、戦の趨勢を完璧に読める者などおらぬ。そんな奴がいたら天下から戦は消え失せるだろう」

「それはそうですが……」

「だから俺は、勝ちそうな方が勝つと決め込む。お前も勝敗に賭けるなら、武田が勝つ方に賭けるであろう?」

「はい、確かに。慎重が過ぎるのもまた大名の器ではないようです。浅はかでした」

「何、俺がこういう性をしているからこそ、お前のような軍師が必要なのだ」


 晴政は即決の人だ。機を見ればすぐに行動に移す。それは好機を掴み取ることにも繋がるが、一方で判断を誤って家を危機に晒すかもしれない。それを補う存在が源十郎なのだろう。


「……それで、伊達殿は動くと申されますが、どのように動こうというのでございますか?」


 かつては晴虎の側近として仕えた黒衣の少女、長尾左大將朔は尋ねる。伊達家に匿われたのはいいものの、大言壮語の割に何もしようとしない晴政に、朔は少々苛立ちを覚えていた。


「決まっておろう。この機に乗じ、伊達が天下を取るのだ」


 冗談で言っていたこの言葉も、今は現実的な選択肢の一つだ。


「それは、上杉家の天下を簒奪するおつもりですか?」

「安心しろ。そんなつもりはない。謀反人に味方する逆賊を滅ぼし、我らが大名の筆頭になるというだけのこと。とは言え、お前にとって今の上杉家は忠を尽くすに値するものなのか?」


 晴虎は死んだ。今の上杉家は彼を殺した曉の傀儡になっている。


「それは……確かに、今の上杉はわたくしの使えるべき家ではございません。しかし、いずれ曉を追討し、天下の主たるべき上杉家を取り戻して見せます」

「そうか。まあ、いずれにせよ、お前は俺に手を貸してくれればそれでよい」

「晴政様も少しは丸くなりましたな」

「要らんことを言うな、源十郎」


 確かにこの大戦が始まる前の晴政であったら、朔の目の前でも上杉を潰して自分が天下の主になると言い出していたかもしれない。そんな時代と比べれば、晴政も随分と大人しくなったものだ。


「兄者、もしかして朔様に気でもあるのか?」


 晴政の弟、伊達兵部成政はからかうように言った。


「は? 何を申しておるのだ。気でも狂ったか?」

「この方がわたくしに? あなた様は人の心の機微と言うものを知らないのでございますか?」

「そ、そんなに言わなくてもいいじゃねえか……」


 晴政と朔に叩き潰されて、成政は黙り込んでしまった。まあいつもの光景である。


「晴政様、もう少し具体的な話をしましょう。天下を取ると言って取れるのなら誰でも天下を取れています」

「ああ、そうだな。もう少し真面目に話そう」


 混乱に乗じて勢力を拡大するなど、誰にでも言えることだ。晴政には無論、もっと真面目な戦略がある。


「伊達殿にはお考えが?」

「無論だ。源十郎、地図を出せ」

「はっ」


 源十郎は大八州の内地の地図を取り出した。大雑把なものではあるが、大名間の位置関係などは十分に把握出来る。


「これを見れば分かるが、我らと隣り合っているのは、北に南部と、南に蘆名の二つだ。但し蘆名の南には北條がいる。南部の北の津輕は、気に掛けるまでもなかろう」


 日本で言うところの東北地方の南半分を領地とする大大名である伊達家。その北には中堅の大名である南部家と津輕家。南には中堅の蘆名家と大大名の北條家。そんなところである。


「但し、この中で曉に帰順したのは北條のみ。他の奥羽の連中は様子見を決め込んでおる」

「奥羽は中央から遠うございますからね」

「ああ。だからこそ、そこに付け入る隙がある」

「様子見をしている大名を切り取ると仰るのでございますか?」

「いかにも」

「いいじゃねえか、兄者! とっとと雑魚どもを切り取ろうぜ!」


 成政はすっかり乗り気だ。だが源十郎はそれをたしなめる。


「成政様、そう簡単に我らは動けませぬ」

「何でだ?」

「我らが他国に攻め込めば、周辺の大名はそれを恐れ、逆に我らに攻め込んで来るやもしれません」

「確かにな……」


 一度中立の勢力に攻め込めば、周辺の中立大名が一斉に敵になることを覚悟しなければならない。伊達家は奥羽では比類なく大大名であるとは言え、軽率な行動は出来ないのだ。


 だから、少々策を練る必要がある。

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