南部との交渉

 ACU2312 11/16 大八州皇國 陸奥國 森ヶ丘城


 森ヶ丘城は、伊達家の北にそこそこの領土を持つ南部家が代々拠点としている城だ。千代ほどではないものの、活気に満ち溢れ防御も整ったよい城である。


 そんな城に、晴政の名代として鬼庭七赤桐が訪れていた。粗野な彼女にはあまり向いていない役目なのだが、晴政が彼女を遣わしたのにはそれなりの理由がある。


「――わざわざのお出迎え、ありがとうございます、南部殿」


 桐は当主の南部出羽守晴宗と面会することに成功した。晴宗としても、自分より格上の伊達家からの使者を無下には出来ない。


「使者を丁重に出迎えるのは当然のことだ。伊達殿の使いとあればなおさらな」

「はい。で、本題に入ってもいいですか?」

「構わんぞ。わざわざそなたを寄越すとは、余程重大なことなのだろう?」

「ええ、どうも。今回は、我が主君伊達陸奥守からの要求をお伝えに参りました」

「要求? ……聞こう」


 南部出羽守は非常に嫌な予感がしたが、聞かざるを得なかった。無視でもしたら途端に晴政はそれを口実に攻め込んで来るだろう。


「はい。伊達家はこの度、南部家に協力を頼むことにしました」

「協力? 何のだ?」

「謀反人曉を討伐することに、です」

「そう来たか……」


 南部出羽守は分かりやすく難色を示した。南部家としてはこの内戦に関して中立を決め込んでいた訳で、そう簡単に片方に加担する訳にはいかない。


「残念だが、そう簡単に決める訳にはいかんのだ。いずれにせよ暫し時を頂きたいと、陸奥守殿に伝えてくれ」

「それは構いません。しかしこれより三日のうちに決めてください」

「み、三日!? 本気で言っておるのか?」

「はい。もしもそれまでに何の返答のなき場合、当家は武を以て南部家を従わせる覚悟です」

「…………」


 事実上の最後通牒。ここまで直接的な宣戦布告も同然に発言には、南部出羽守も冷や汗を流さざるを得なかった。


「……分かった。三日は待ってもらおう」

「私は森ヶ丘に残らせて頂きます。お返事が決まったのであれば、いつでも呼んでください」

「分かった。宿代くらいは出してやろう」

「ありがたくいただきます」


 そうして桐を追い出した南部出羽守。早速重臣を集め、これについての対応について話し合う。


「――伊達は本気で我らを攻めて来る気なのでしょうか? にわかには信じられませんが……」

「恐らく、奴は本気だ。伊達陸奥守はそういう男なのだ」


 隣同士の大名と言うことでこの両名はそれなりに互いを知り合っている。そして南部出羽守は、晴政が一度やると言ったら引き下がることはない男だと感じていた。実際その直感は正しいのだが。


「仮に本当だとして、いかがしましょう。奴の言うように伊達家と手を組むか、或いは伊達家と戦うか、どちらかです」

「うむ……そうだな……」


 選択肢は分かりやすい。だが、だからこそ判断には慎重を期さねばならない。


「曉は今や虫の息です。今のうちに勝ち馬に乗っておくことは、悪くないのでありませんか?」

「そうとも思えるな」


 確かにこれを逆に好機と捉え、伊達家に大々的に協力してしまうのも悪くはない。この内戦の後に再編されるであろう大八州で、南部家の発言力が大きくなる。


「しかし、曉が負けると決まった訳ではありません。もしも武田が負けるようなことがあれば、我らは泥船に乗ることになるのですぞ!」

「うむ……それもまた、しかり」


 曉は確かに追い詰められているが、それだけでこの内戦の趨勢を決め付けるのは危険だ。南からはヴェステンラントが迫っており、それ次第では戦況が一転する可能性もある。


「もしも曉が滅ぼるのであれば、我らは伊達に付いてしまった方がよい。だがそうでなければ、我らは自ら滅びの道に突っ込むことになってしまう……」

「何とも困ったものですな……」


 南部家は伊達家と比べれば優柔不断であった。


「やはり我らは、曉に付くことも弓を引くこともしない」

「それでよろしいので? 伊達家は我らに攻めて来ましょう」

「曉と戦うよりは、まだ伊達と戦う方がマシだ」


 そうなのである。万が一にでも上杉家の征討を受けるよりは、まだ奥羽の一大名に過ぎない伊達家と戦った方が遥かに勝機がある。


「しかし、伊達だけでも我らに倍する兵を持っております。勝てるかは怪しいかと……」

「そんなことは分かっておる。だが、我らには大勢の味方がおるではないか」

「味方?」

「うむ。北の津輕と南の蘆名だ。奴らはどちらにも付かぬことを望んでいる。であれば、曉討伐を押し付けて来る伊達と戦うのに、手を貸してくれる筈だ」


 源十郎の懸念していた通りのことが起こった。中立国を侵せば、全ての中立国が敵となるのだと。それを加味すれば、南部家にも十分な勝機はある。


「諸大名に話を付けておけ。戦支度を今すぐ始めるのだ。さすれば、伊達がこの森ヶ丘に攻め寄せるまでには軍勢が整うだろう。桐には三日後に、我らが手を貸すことはないと伝えよ」

「はっ! 直ちに津輕と蘆名に話を通します!」

「この際だ。反撃に転じて伊達領を一気に切り取ってしまおうではないか」


 南部の謀略が今始まる。

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