南部との衝突

 ACU2312 11/19 陸奥國 森ヶ丘城


「――それで、返答は決まったんですか?」


 三日間ほど時間を持て余していた桐は、別に南部出羽守に落ち度はないのに、苛立った調子で問うた。


「ああ、決めたぞ。我らは伊達には付かぬ! 我らはこの先も、どちらにも付かぬ」

「……そうですか。思った通りです」

「そうであろうな。伊達殿に好き好んで手を貸そうとする者は、残念だがこの奥羽にはおらんだろう」

「ええ。我が主も承知の上です」


 こうなることは目に見えていた。どちらかと言うとこの交渉は、南部に攻め入る口実を作る為のものである。


「それで、どうするのだ? 先に申しておった通り、我らを攻めるか?」

「ええ。言葉で従って下さらないのなら、力で。それが我が主の考え方ですから」


 敵のど真ん中で堂々と宣戦布告する桐に、南部出羽守の護衛達に緊張が走る。もしかしたらここで暴れられるかもしれないと。


「ああ、安心してください。ここで南部殿を殺そうだなんて、微塵も考えてませんから」

「そうかそうか。であれば、そなたも安心するがよい。我らは使者を殺すほど無礼ではない」

「ふふふ……」

「ふはは……」


 敵同士だというのに不気味に笑い合う二人。その異様な空気を人々は固唾を飲んで見守っていた。

どちらも自分が勝つことに絶対の自信があるのだ。


「さて、桐よ。ここでそなたを傷付けるつもりは毛頭ないが、いつまでも留め置く訳にはいかぬ。すぐに立ち去るがいい」

「ええ、そうですね。でも……その必要はもうないかもしれませんよ?」

「……何を申しておる」

「さて、何でしょうか」


 不敵に微笑む桐に、南部出羽守に緊張が走った。


 ――ハッタリだ。この女一人に何かが出来る筈はない……


 そう心を落ち着かせようとした、まさにその時だった。


「殿! 一大事にございます! 城下に敵が!!」

「は? な、なな、何を申しておる!?」


 と言いつつ、南部出羽守は廊下に飛び出した。すると大勢の人々の逃げ惑う声、鬨の声が聞こえ、城下町からは煙が上がっていた。


「一体、何が……謀反か!?」

「い、いえ、旗は竹に雀! 伊達勢にございます!」

「は……? そ、そんな馬鹿なことがあるか!」


 伊達家に宣戦布告したのはつい数分前だ。それで伊達勢が森ヶ丘城に攻め寄せるなど絶対にあり得ない。だがそれは現実として起こってしまっている。晴宗本人もその重臣達もすっかり混乱してしまい、その兵に指示を出すことなど全く出来なかった。


 その時ふと、晴宗の頭に桐の謎めいた態度がちらついた。大急ぎで先ほどまでいた部屋に戻る。そこには桐が何事もなかったかのように茶を飲んでいた。


「き、桐! 貴様、何をした!!」

「私は何もしてませんよ? ただ我らが兵がとうの昔から森ヶ丘に潜んでいただけです」

「騙し討ちか……この卑怯者め!」


 晴宗は刀を抜いて桐に向ける。だが桐は動じすらしない。それどころか勝ち誇ったように南部を嗤う。


「今や伊達と南部は戦の最中。何をしてもいいでしょう?」

「この……! 切り捨ててくれるわ!」

「まったく、使者を傷つけはしないんじゃなかったのかしら」


 桐は呆れながら空中に刀を生成し、南部出羽守の刀を吹き飛ばした。


「殿!」「よくも殿を!」


 周囲の重臣達が一斉に刀を抜いた。


「いいのかしら? 私が本気を出したら、あなた達なんて容易く皆殺しに出来るわよ?」

「痴れ事を!」

「……やめておけ。我らに勝ち目はない」


 南部出羽守は諦めた声で彼らを制した。


「し、しかし、殿……!」

「死にたいのか貴様ら! やめろ!」

「……承知しました」

「賢明な判断ね。大名やってるだけのことはあるかしら」


 桐は礼儀をかなぐり捨てて南部出羽守を煽るが、そんなことを気にしている余裕は本人にはなかった。


「……そなたはどうする気だ?」

「私はまあ、身の潔白の証にする為にも、ここに残りましょう。私のことは気にせずに、戦をなさればいいでしょう」

「分かった。存分に戦わせてもらおう」


 大胆にも桐はここに残ると宣言した。伊達家が桐という使者を利用したと文句を言わらない為だ。そして南部出羽守は彼女の処遇についてまでは頭が回らず、彼女の言う通りにここに置いておくことにした。


「と、殿、いかがされますか!?」

「狼狽えるでない! 森ヶ丘城は天下に名だたる城ぞ! 守りを固めれば、援軍の来援まで耐えられる!」


 だが次の瞬間には、悪い報せが飛んでくる。


「伊達勢、二の丸までなだれ込んできております!!」

「クッ……三の丸で守りを固めよ!」

「兵が次々と逃げております! 城を守るべき兵がおりませぬ!!」

「な、なんだと!?」

「ふふふ、なかなか大変なことになってるみたいですね?」


 桐はゆったりと茶を楽しみながら、余裕綽々に晴宗を挑発する。


「そなたは黙っておれ!! ――全ての兵を本丸に集めよ!! ここで耐えるのだ!」

「はっ!!」


 ほとんど何の抵抗も出来ず、あっという間に追い詰められる南部出羽守。彼は今まさに彼がいる建物に立て籠もって抵抗を試みる。


 だが、それすらも無駄だった。


「南部出羽守殿はここにおるか!!」

「何だ貴様!!」


 襖を叩き割り、伊達の兵が侵入したのであった。

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