大名同士の語らい
部屋に侵入した伊達の兵と南部の重心達は睨み合う。その時、一触即発の静寂を破った男があった。
「やあやあ南部出羽守殿、久しぶりだな!」
「き、貴様は陸奥守!?」
「いかにも。伊達陸奥守晴政、わざわざ足を運んでやった」
緊張した兵士達は気にも留めず、晴政はずかずかと南部出羽守に迫る。
「遅かったじゃない、死ぬかと思ったわ」
「お前なら問題ないだろう」
「まったく、私をこんな仕事に使わないで欲しいわ」
桐と晴政は余裕の態度を見せつける。勝利は伊達のものだと南部家中に見せつけた。
「さて、出羽守、戦は最早終わった。我らに降るか? さもなくば、一族郎党根切りにしてくれよう」
「……降ろう。それが世の習いだ」
「結構結構。懸命な判断だ」
家を残すことが武士の最も重んじることである。一族郎党で玉砕するなど、今の世では物語の中だけの話だ。かくして南部家は、戦端が開かれてから僅か四十分で伊達家に降伏したのであった。
さて、晴政は部屋から南部出羽守と自分以外を人払いして、腹を割って話すことにした。
「……ここで儂を殺す気か?」
「そんな馬鹿なことはせん。伊達は約定を守る」
「では何故にこんなことを?」
「貴殿と、南部の伊達の今後について話したいと思ってな。何分、俺の周りには面倒を言う奴が多い」
「そ、そうか」
晴政は源十郎や桐にはあまり聞かれたくない条件で交渉しようとしていた訳だ。
「それで、我らに何を求めるのだ? 領地か、銭か、鬼石か?」
「強いて言うのならば、鬼石のみ。領地も銭も、千代で十分だ」
「どういう魂胆だ」
戦とは土地を巡って起こすもの。少なくとも南部出羽守はそう思っていたし、大半の大名はそういう乱世の思想を引きずっている。
「言ったであろう。俺は天下を取る。こんな寒くて貧しい土地など要らんわ」
実の所これは虚栄なのだが。
「な、何を……!」
「まあまあ怒るな。それとも、領地を取り上げられたいのか?」
「そんなことはないが……。まあいい。続きを聞かせよ」
「ああ。南部には、俺の天下取りの手伝いをしてもらう。伊達だけでは兵が足りぬ。少なくとも奥羽の全ての兵をかき集めねば、北條相手にすら戦えん」
「まあな……。それで、儂に兵を貸せと言うのか?」
「いいや、貸せではない。全て俺に寄越せ。さもなくば力づくで取り上げるまでだ」
南部家の武士を全て寄越せという過激な要求。家臣団を完全に取り上げられるくらいなら領地を削られた方が余程マシだ。
「ま、待て! 流石に無茶だ!」
「従えぬと言うのか?」
「……なれば儂が、貴殿に従おう。儂が南部の兵を率い、貴殿の軍配に従う。それで異論はないな?」
「俺としては少しは遠慮したんだが、本当にそれでいいのか?」
本来伊達と南部は対等な関係である。征夷大將軍を頂点とする体制において、どちらも最上位の国持ち大名として数えられるからだ。
それが今、南部出羽守が伊達陸奥守の家臣も同然の存在になろうとしているのである。家名を大いに傷付けることになる重大な行為だ。
「儂は、先祖より代々大切にしてきた家臣を失いたくない。それくらいなら南部の歴史に汚点を残そうが一向に構わん」
「そうか……。今日の傷より明日のことを思うか。天晴れであるな」
将来的に南部家を彼の子孫が継いでいかねばならなくなった時、家臣がいなくては家中は瓦解してしまうだろう。家を残すという意味では寧ろ最善の判断をしたと言える。
「では、我が国の兵は全て貴殿のものだ。その代わりに民にも土地にも手は出さない。それでいいのだな?」
「ああ、そうしよう。俺が天下を取った後には、貴殿にはそれなりの地位をくれてやる」
「その約束、忘れるでないぞ」
「言ったであろう。伊達は約束を守る」
交渉成立だ。伊達は土地も富も求めず、兵力だけを要求した。短絡的な利益ではなく、天下という最も巨大なものだけに狙いを定める、晴政の采配であった。
「――とは言え、まずは北を押さえねばならん」
「津輕か。奴は頭が固いぞ?」
「だからこそ、貴殿に協力を頼もう。何とかして奴を説き伏せて来い。しくじればもう一度同じことをするまでだがな」
「儂を使者にする気か」
「それが一番だろう。どうしても嫌なら他の者を行かせるが」
大名を使者に出来る程に伊達の力は圧倒的なのだと、津輕に見せつけることが出来る。これ以上ない恫喝であろう。
「やるならとっとと終わらせたい。いいだろう。儂が行く」
実のところ、南部出羽守も結構乗り気であった。天下を取りたいというのは武士であれば誰もが夢に見るもの。その一翼を担えるというだけで十分なのである。
「とは言え、貴殿だけではあの乱暴者に殺されかねないからな。うちの桐を付けてやろう」
「……あやつか。まあ、頼りにはなるな」
「ふはは、案ずるな。ああ見えて律儀な奴だからな」
桐を護衛に付けておけば万一の事態にも対処出来るだろう。
「それともう一人、貴殿に紹介したい者がいる」
「紹介?」
「ああ。来るといい!」
「はい。失礼を致します」
部屋に入ってきた黒衣の少女。その顔には見覚えがあった。
「さ、朔か!? 長尾の!?」
「左様にございます」
晴政はここで朔という切り札を切る事にしたのだ。
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