ジハードの謀略
ACU2312 11/6 大八州皇國 北平城
韓國が武田に降ってからたったの三日で複数の諸侯が武田家に降った。信晴はこの城の天守にふんぞり返っているだけで、破竹の勢いで領地を拡大しているのである。
「何ということだ。信晴の知略は陛下の予想以上のものらしい……」
ジハードは忌々しげに呟いた。
ガラティア帝国は最初から武田家に期待などはしていなかった。精々上杉の兵力を引き付けて囮になってもらおうと。だが気づけばガラティア軍は戦争の主導権争いから追い落とされている。
まあ上杉が何故か全力でガラティア軍を叩き潰しにかかったというのもあるが、それにしても圧倒的な戦力差のある上杉を相手に領地を切り取り続ける信晴の知略は、ガラティア帝国が事前に想定していたのを遥かに上回っていた。
「このままではマズいな……。まるで我々が身を粉にして武田を助けただけみたいではないか……」
ガラティアも武田も最初からお互いを信用などしていない。お互いを囮に自分の勢力圏を拡大したかっただけである。
ガラティアはその甘い汁を吸う側になる筈だったが、どうやらこのままでは武田に美味しいところを持っていかれそうだ。何とかしてこの流れを変えなくてはならない。
「とは言え、陛下には攻め込む余力がない。一体どうすればいいのだ……」
上杉軍を武田に押し付けるにしても、自ら領地を切り取る為の兵力は必要だ。だがガラティア軍の本隊は酷く損耗し疲弊している。
このままではガラティアは唐土内陸の何もない砂漠だけを得て、豊かな沿岸部をことごとく武田に取られることになるだろう。
そこでジハードはある発想に至った。
「……そうか。例え武田がおらずとも、我らが負ける筈はない。だが武田に領地を取られれば、我々がそれを取ることは出来ない。であれば……」
武田がいなくても、ガラティアはいずれ曉に勝てるだろう。だが武田に中國を切り取られれば、名目上は味方である武田領を奪うことは出来ない。
「…………信晴を殺してしまえばよい」
武田に取られるくらいなら武田を滅ぼしてくれよう。ジハードはそう考えてしまったのだ。
「とは言え、派手に殺すのはダメだ。そんなことをしたら、大八洲が全て敵になる」
武田を敵に回せば、反曉派も敵にまわすことになる。曉派と反曉派で、つまるところ大八洲のほぼ全てだ。
「暗殺……ということになるか。だが私は暗殺など出来ないから……うーむ……」
気付けば真面目に信晴を殺す方法を考えているジハード。そして色々と考えていると、一つだけ現実的な方法を発見してしまう。
〇
「陛下、恐れながら、信晴を殺害することを提案します」
思い立ったが吉日と、ジハードは即刻、アリスカンダルに魔導通信を飛ばした。
『何? どうしてそんなことをしなくてはならん?』
「はい。それは――」
ここまでの思考を説明するジハード。アリスカンダルもある程度は納得したようだ。
『確かに私の悲願はこの大陸の西の端から東の端まで領土を広げることだ。だが、一応は同盟を結んでいる相手を裏切るというのはな……』
アリスカンダルもそれなりの矜恃というものを持っている。味方を利用するくらいはするが、完全な裏切り行為はあまり好むところではない。
「陛下、バレなければよいのです」
『……だとしても、バレないでどうやって殺すのだ? 例えその場が見られなくとも、疑われるのは君達なんだぞ?』
信晴が暗殺されたとなれば、まず疑われるのは外国人であるジハード達であろう。
「信晴は今、病が再び悪化しております。病に見せかけて殺すことが出来れば、誰も疑いはしないかと。武田の家臣の多くが、信晴の老い先が短いと噂しております」
『なるほどな。しかし、そんな都合のいい毒があるのか?』
「あー、それはこれから探させます。とは言え、死体に不自然なところが残らなければ、そう疑われることもないでしょう」
『そ、そうか』
例え急死したとしても、死体に毒殺特有の証拠が残らない限りは、病のせいだと思われるだろう。ジハードには実行すれば成功させる自信があった。
「それで、いかが致しましょう。陛下のご裁断があらば、すぐに手配を始めますが」
『今すぐにしろとは言わん。だが、いつでも信晴を殺せるよう、用意は整えておけ』
「はっ。いざという時になれば、陛下のご命令ですぐに信晴を殺します」
『ああ。だが、今のところはしっかりと協力するのだぞ。我々の大義名分を確保しておく為にな』
「……はっ」
そもそもガラティアに曉を討伐するという大義はあるのかと考えると、正直言ってその答えは否だ。大八洲人が解決すべき問題に勝手に首を突っ込んでいる訳で、そこを非難されては何も言い返せない。だからガラティアは最大限に武田家に協力するフリをしておかねばならないのだ。
ガラティアが兵力の再編を行う中、武田は南下を続け着々と平明京へ侵攻する。だが中國の勢力図が日に日に塗り変わっていく中でも大八洲本土は静かであった。
しかし、この激動に呼応して、内地でも動き始める者があるのだった。
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