戦況の推移

 ACU2312 11/3 大八州皇國 中國 金陵城


 西方ではダキアが降伏したそうだが、大八州の情勢に与える影響はないに等しい。ヴェステンラント軍は特に増援を送ることもなかったし、ガラティア軍は最初からダキアに介入する用意を整えていた。


 という訳で、曉が興味があるのは目の前で自領を次々と切り取る武田勢のことだけだ。


「……本当にこれでいいのかしら?」

「はい。武田には攻め込ませるだけ攻め込ませましょう。奴らは少しずつ戦力を削られています。この金陵城に辿り着く頃には疲れ果てていることでしょう」

「それはそうかもしれないけどね……」


 明智日向守の言いたいことは理解出来る。だが、自分の城や土地が日に日に奪われていくのを指をくわえて見ていることに、曉の精神状態は悪化していた。


「曉様、今はこらえてください。来るべき決戦で武田勢を叩けば、奪われた土地はことごとく奪い返せましょう。今は耐えるべき時です」

「……ええ」

「我々はアリスカンダルを追い払うことに成功しました。これで――」

「申し上げます!!」


 その時、血相を変えた伝令が議場に走りこんで来た。


「どうした?」

「韓國が謀反を起こしました! 奴らは武田に付くと、たった今公言しました!」


 韓の國は中國の北西に隣接する、面積だけならルシタニア並みに広い藩である。経済力も軍事力も大したことはないが、その国土から収穫される穀物だけは中國にとっても重要だ。


「先の読めぬ愚か者めが……」


 明智日向守は珍しく感情的な声を出した。


「韓なんてあろうがなかろうが変わらないじゃない。何をそんなに焦っているの?」

「……はっ。この際です。曉様、この戦について、私の思うところを申し上げます」

「? まあ、聞かせなさい」

「はい。この戦、これまでの戦とは一線を画するものです。この戦によって民が飢えて苦しむでしょうから」

「……ちょっと待って。よく分からないわ」

「今や、この戦は武士が戦場で勝つだけでは勝てぬのです。民を養う力を持ち続けた者こそが勝ちます。今や戦は武士だけのものではなく、百姓も町人もその一員なのです」

「確かに、これまで私達の民が飢えることはなかったわね」


 ヴェステンラントとの戦争ではそれなりの余裕があった。


 まあ戦場が大八州本土から遠く離れた土地であったから民に直接犠牲が出ることはなかったが、それだけでなく、民に戦争の皺寄せが来ることはなかった。民を苦しめるほどに兵站が負担になったのならその大名は領地に引き返したからだ。


 だが、この内戦ではそうはいかない。いくら民に重税を掛けようとも戦争から離脱することは許されないのだ。その時は曉が滅ぼされた時だけである。


「――従って、我らは民の暮らしを守りながら武田と戦わねばなりません。戦が長引けば長引くほどに」

「なるほど……。だけど、民の暮らしを守る必要なんてあるかしら。一揆でも起こされても叩き潰せばいいだけの話でしょう?」


 確かに百姓一揆など怖くはない。精々狩猟の為の火縄銃くらいしか持っていない百姓が束になったところで、武士の敵にはならない。


「はい。確かに鎮圧することは容易でしょう。しかしながら、それでは我らも飢えてしまうだけです。例え鬼道があったとて、米が無くては兵は動きませぬ」

「そんなの村から奪ってくればいいでしょう」

「民がなくては米も育ちませぬ。民が穏やかに暮らせるように我らが政を為さねば、我々には滅びの道しか残りません」

「……そうかもね。でも、その話だったら、百姓を戦わせるのはダメなんじゃない?」

「はい。好ましいことではありません。しかれども、戦に負ける訳にも参りませぬ。何としてでも戦と政を共に為さねばならぬのです」


 徴兵はしなければ籠城も出来ない。だがそれは農村の生産力を奪うことに他ならない。だから、前線と農業を共に維持出来るちょうどいい塩梅を見つけ出して実行しなければならないのだ。


 つまるところは上杉も武田も総力戦の泥沼に足を突っ込んでいるのである。


「まあ、その話は分かったわ。それと韓の謀反の何が関係あるの?」

「韓國は人が少ない割には米がよく取れます。つまりは我らが米を得る為の大きな手立ての一つでありました」


 人口に対して米の収穫が多いから、韓は多量の米を輸出していた。


「それが武田に寝返った今、我らは我らだけで米を確保せねばなりませぬ。ただでさえ苦しい懐が更に苦しくなってしまいます」


 米を輸入出来ている限りは国内の農民を動員しても米を確保することが出来た。だがそれが減少した今、中國は自力で米を確保せねばならない。それはより多くの農民が必要になるということだ。


「……なるほどね」

「はい。我々は極めて苦しい状況に置かれています。しかし、勝たねばなりません」

「ええそうね。まったく、信晴はここまで考えていたのかしら」

「恐らくは。捕らえた者をよく遇しているのも、唐土諸侯を降らせる為でしょう」

「そう。まあ、あなたがいてよかったわ。そこらはあなたに任せる、明智日向守」

「お任せください」


 明智日向守は信晴の老獪な戦略に挑むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る