北平城の戦い
ACU2312 10/19 大八洲皇國 中國 北平
中國の北の都である北平。大八洲の都である平明京には一段劣るが、それでも世界有数の人口を抱え、かつ世界有数の防御力を備えた城でもある。
唐土の伝統的な築城方式に基づいて、城下町をすっぽりと囲うように城壁が配され、長期間の籠城にも耐えられるよう多数の食糧庫も整備されている。
曉が西に出陣している間この城を任されたのは董将軍である。そして予想通り、その間隙を狙って武田家の軍勢がこの城に攻め寄せて来ていた。
「敵の数はおおよそ二万五千。例えこの北平城でも、長くは持たないかと」
「長く持たせる必要はない。曉様が帰られるまで耐えればよいのだ。手勢はたったの五千だが……この城に賭けるしかない」
「はっ。必ずや耐えてみせましょう」
「うむ……。総員、配置に着け! 作戦に変更はなし。門の内には一兵たりとも入れるな!」
董將軍にとっては雪辱の一戦。この城を取られる訳にはいかないと、この限られた兵力を効率的に配置する。
〇
武田家の赤備えが見えてから丸一日が経った。
「何故だ……何故攻めてこない……」
武田勢は北平城の傍に布陣したまま一歩も動こうとはしなかった。互いに一本の矢すら放たれぬまま、対陣は続く。
「北平城に恐れをなしているのではありませんか? 彼らは城を重んじているようですし」
「まさか。それは慎重ではなく臆病なだけだ。そして武田樂浪守はそのような男ではない」
信晴の立場に立てば、圧倒的な兵力差がある今のうちに攻め落とすべきだ。時間が経つほどに不利になるのは彼らである。
「買い被りなのでは……?」
「……だったらいいがな。だが、それは楽観だ」
「では武田は何を……」
「何か謀略を用意しているのかもしれない。以前のようにな」
武田領に攻め込んだ彼らを襲ったのは、同士討ちをさせる謀略だった。武田勢はほとんど犠牲を出すことなく彼らを撃退したのである。
そのような狡猾な罠がどこかに仕掛けられているのではないだろうかと、董將軍は必要以上に慎重にならざるを得なかった。
「しかし、あの戦いを省みて、我々の指揮統制は確固たるものになっています」
「あの時は寄せ集めの軍勢だったからな」
「はい。決して奴らの好きにはさせません!」
「そうだな……」
結局董將軍は何も出来ないまま、また夜が明けた。だが、そこで初めて戦況が動いた。
「将軍! 武田勢が動きました!」
「来たか! 兵を叩き起こせ! 戦だ!」
「はっ!」
ついに武田が動いた。どうして今更になって城攻めを始めるのかは分からないが、来たからには迎え撃つ。唐人の兵は董將軍の指示通りに城門の守りに付いた。
そして董將軍は中央の天守に登り、全体の指揮を執る。いや、執ろうとした。
「ん……? 奴ら、何故あの道を進んでいる?」
「確かに、あれでは北平から逸れてしまいますが……」
武田勢は北平城に向かうと見せかけて、その隣の街道に向かっていた。北平城を迂回して南へと向かう道である。
「て、敵は地図を読み間違えでもしたのでは?」
「あり得ない。飛鳥衆が飛び回って道を確かめているからな」
「では、一体……」
武田が地図を読み間違うほど馬鹿な訳があるまいし、道の先は常に飛鳥衆の魔女達が偵察している。
「敵は北平に来る気はない。しかし何故だ……」
「た、戦わなくて済むのならば――」
「馬鹿を言うな! 敵はこのまま中國に攻め込むのだぞ!」
まさかそんな馬鹿な手段を取ってくるとは思わなかった。城を無視して先に進めば城攻めなどしなくて済むと、冗談みたいな話だ。
しかし董將軍には何も出来なかった。城というのは所詮は点。迂回されれば敵を追うことは出来ない。
「弩だ! 弩で敵を射よ!」
「いくら弩でもあんな遠くまでは届きません!」
「では大砲は?」
「大砲でも、届きませんかと……」
「クッ……奴め、わざとやっているな……」
最大の射程を誇る大砲の射程の少し外を武田勢は歩いている。董將軍の神経を逆撫でする為にその道を選んでいるに違いない。
「ど、どうされますか? このままでは本当に、奴らは南に攻め込んでしまいます」
「クソっ……してやられた……。我々には奴らを止める手立てがない」
そもそもどうして城を落としながら進まねばならないのか。理由は無数にあるが、そのうちの一つは城を落とさねば背後から攻撃されるからである。
だが董將軍はその理由にはなり得ない。たった五千の兵など、武田家にとっては何の脅威にもならないだろう。
「このまま黙って奴らを眺めるのでしょうか……」
「そんな訳にはいかん……。敵を目前にして逃げるも同じだ」
万事休す。董將軍は武田家を前に有効な戦術は持たなかった。いや、正確には一つだけある。
「……我々に出来ることはただ一つ。この城より打って出て、武田に一撃を加えるのだ」
「そんな、無茶です! 五倍の兵力差で、しかも兵の練度は向こうが圧倒的に上……」
「それでも、やらねばならないのだ……すぐに陣立てを整えよ!」
「……はっ!」
こうする他に選択肢はない。無謀な野戦へと董將軍は突入するのでった。
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