本陣を叩く
「陛下、我が軍は敵に挟まれ、劣勢であるかと……」
「ファランクスはまるで遊兵になってしまっています……」
「その程度のこと、報告されんでも分かる」
「こ、これは失礼を致しました」
「まあいい」
アリスカンダルは陣形の中央やや後方にあって指揮を採っている。現在ガラティア軍は巧みな行動を取る大八洲軍に挟撃され、ファランクスを全く活かせないでいた。
明らかに戦場の勢いは大八洲勢にあり、何も手を打てなければ敗北は必至かと思われている。だがアリスカンダルは違った。
「このまま耐えていれば、いずれ大八洲勢は兵を失い潰走するだろう。我らに負けなどはない」
「そ、そうでしょうか……」
「そうだ。負けることはない」
イブラーヒーム内務卿の心配をアリスカンダルは一蹴する。
「とは言え、私は勝ちたい。このまま戦況が推移した先にあるのは、両軍が余りにも兵を失って戦闘が自然に終息する未来だ。私はそれを望まない」
それは大八洲軍が望んでいることだ。その思惑にみすみす嵌る訳にはいかない。
「勝利、ですか。しかしどうすれば……」
「戦いというのは結局、敵の重心を突いた者が勝つ。ちょうど目の前に敵の重心が晒されているではないか」
「ああ、確かに」
曉はほとんどの部隊を出撃させ、彼女の近くに残っているのはほんの二千ばかりの軍勢だけだ。
「これをファランクスで突け。ファランクスは全て前に出して構わん」
「し、しかし、精鋭たるファランクスがその他の将兵を見捨てるとなれば……」
「大丈夫だ。私がここに残る」
「陛下がファランクスを指揮される訳ではないのですか?」
「ああ。我が精鋭ならば、私がおらずとも問題ないだろう」
「……はっ!」
どうせそこにいても役に立たないのだ。アリスカンダルは曉と向かい合うファランクスを前進させ、自分は包囲された歩兵隊の指揮を執る。
〇
「あ、曉様! 敵の長槍がこちらに向かってきています!」
「何? 本当?」
「はい! 間違いようがありません!」
「……それもそうね」
光り輝く鎧を纏った兵士達が、まるで閲兵式のように行進しながら迫ってくる。その先にあるのは極めて薄い曉の本隊だ。
「まさか味方の救援ではなく私を殺しに来るとはね」
「曉様、お逃げ下さい! 兵力に差があり過ぎます!」
「総大将が逃げれば軍勢は崩壊するだけよ。私は退かないわ」
「し、しかし……!」
曉も分かっている。総大将が敗走したなどと知れ渡れば、この寄せ集めの軍隊はたちまち瓦解してしまうだろう。だからここを動く訳にはいかず、軍旗を掲げ続けなければならない。
「で、どうするかって話ね」
「ど、どうなさるおつもりで……?」
「決まってるじゃない。迎え撃つだけよ。我らに挑戦したことを後悔させてやるがいいわ」
「そ、そんな……」
「返事は?」
「しょ、承知しました」
四分の一の軍勢で、かつ敵に圧倒的に有利な状況で戦わねばならない。だが曉に考えがない訳でもない。
「さて、たまには私も暴れたいわ」
曉は黒い翼を生やして飛び上がった。白い装束と黒い羽は対照的で人の目を引くものだ。彼女は兵を置いてファランクスの上空へと飛ぶ。
「じゃあ、死んでもらおうかしら!」
曉は自らの周囲に無数の刀を作り出した。そして容赦なくファランクスの頭上に投げ飛ばした。
雨のように飛来する刀は彼らの頭、胴体に突き刺さり、陣形はたちまち乱れる。そのまま攻撃を続ければファランクスなど一人で殲滅出来るとも思えたが――
「痛っ」
彼女の頬を別の剣が斬り裂いた。瞬時に傷を治し見上げた先には、百人ばかりの魔女。ガラティア軍がこんな事態を想定していない訳がないのである。
「そう、やってくれるじゃない……。この私に傷を付けるとはね!」
「お前に好き勝手はさせん! 総員、かか――」
「そういうのは結構よ」
威勢のいい隊長らしき魔女の首を落とすと、曉はわざとらしく溜息を吐いた。
「さて、どう私を殺しに来てくれるのかしら?」
「か、囲いこめ! 奴の意識の外から叩くぞ!」
魔女達は散開し、曉を前後左右上下から囲い混んだ。魔女でなければ出来ない、六方からの包囲である。
「へえ、やるわね。でも、その程度で私を殺せるかしらね?」
「やれっ!!」
号令と同時に剣や炎や氷や石がデタラメに飛んで来た。
「その程度か」
「何っ!」
だが曉は俊敏な動きでほとんどの攻撃を回避し、避けきれなかったものは刀で叩き落とし、全くの無傷であった。
「流石は長尾……しかし、何としてでもここで――」
「ねえねえ、下を見てご覧なさいよ?」
「は? あ……」
曉に向かって放った攻撃は、そのまま地面に落下し、ファランクスの兵に降り注いでいた。
「私がここまで来る前に止められなかったのが運の尽きね」
「なれば剣で止めを刺してくれるわ!」
魔女達は飛び道具を使えない。一斉に剣を抜いて斬りかからんとする。
「面白い。かかってきなさい! 相手してあげるわ!」
曉も手元に刀を作り出し、応戦の構えを見せた。一見して圧倒的に不利な状況。だが恐怖を抱いていたのはガラティアの魔女の方であった。
「ジハード様がいらっしゃれば……。いや、泣き言を言っている時ではない。突っ込め!!」
血に塗れた白兵戦が始まるのであった。
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