挟撃
「殿! もう十分ではありませぬか!?」
部隊は極めて高い秩序を保ちながらガラティア軍を挟み込み、ちょうど横並びする格好となった。普通の軍隊ならばまず不可能な作戦である。
「……ああ。これより敵を叩く。全軍に合図を」
「はっ!」
明智日向守から通信が打たれると、全部隊が一斉に、その場で直角に進路を変えた。怒涛の動きでガラティア軍を左右から挟撃するのである。
「突っ込め!」
「はっ!!」
明智日向守は馬に鞭を打ち、敵陣に向かい全速力で突撃し始めた。家臣達はそれを必死に追う。
周辺の部隊もそれに続き、さながら荒波のごとく、大八洲軍はガラティア軍の側面へ押し寄せた。
敵は側面を普通の魔導兵で固めている。魔導弩と魔導剣を装備した徴募兵だ。比較的身軽な彼らは大八洲軍と応戦する構えを見せ、まずは直線上に矢を放つ。
「その程度、造作もない」
明智日向守は彼に飛来する数本の矢を軽々と切り落とした。
「この程度、落とせるな?」
「む、無論です!」
最も位の低い者ですら生まれた時から訓練を受けている大八洲兵。矢を落とすことはそう難しいことではない。次々と飛来する矢を片っ端から地面に叩き落としながら、明智日向守は突撃の勢いを緩めない。
そしてついに、敵兵の目の色が分かるほどにまで距離は詰まった。
「これで終わらせてくれよう」
明智日向守は敵兵を叩き斬ろうと刀を構えた。だが次の瞬間、彼の視界は突然低くなった。
「何っ……」
一瞬だけ馬から浮き上がったと思えば、明智日向守は横に転がって落馬してしまった。落ちた先には深さ1パッススほどの溝があった。
――塹壕だと? 奴らは斯様に周到か……
明智日向守は体を起こすが、その間にも次々と、彼の家臣が塹壕の中に落ちていった。
「と、殿! ご無事ですか!?」
「私は問題ない。それよりも、すぐに兵を退かせよ。今のうちならまだ――」
「かかれっ!!」
その時、これみよがしに敵が前進してきた。塹壕に落ちた大八洲兵を刈り取るつもりなのだろう。実に狡猾である。
「と、殿をお守りします! 全軍を押し出します!」
「クッ……是非もなしか。なれば、我らも前に出るぞ」
「え?」
明智日向守はそう言い放つと、あっという間に塹壕から這い出て、敵軍の前にたった一人で立ったのである。
「と、殿!? 我らも続け! 急げっ!!」
塹壕に落ちた将兵も大急ぎで塹壕を這い出した。馬はもうどうすることも出来ずに放置する。
「ここを一歩も退くな。塹壕より後ろに下がってはならぬ」
「はっ!」
前線が塹壕より前にあれば、突撃の勢いが削がれるのを除けば、もう塹壕など存在しないも同じである。
騎馬隊の突撃で敵兵を蹂躙するという当初の構想は崩れたが、まだやれる。純粋な白兵戦ならばまだまだ大八洲兵に分があるのだ。
「兵を押し出せ。前へ前への進むのだ」
「と、殿はどうかお下がりを!」
「私が退いて何とするか」
総大将であるにも拘らず、明智日向守は誰よりも早く敵陣へと突っ込んだ。彼の将兵は慌ててその後を追う。
結果的に前線を大きく押し上げることに成功した明智日向守。そしてすぐさま白兵戦が始まる。
「大八洲の武将とお見受けする!」
「……いかにも。やれるものならこの首、取って見せよ」
「語るに及ばず!」
活きのいい兵士が明智日向守に斬りかかってきた。全身の力を込めたの一撃を、明智日向守は片手で軽々と受け止める。
「何っ!」
彼は反動でよろけたが、すぐに体勢を立て直す。
「ふむ、なかなか兵の質もよいようだな。我らには及ばぬが」
「何を言っている!」
兵士が繰り出す三太刀を軽くあしらうと、その体勢は大きく崩れてよろめいた。
「終わりだ」
「グッ……」
一太刀で胴を斬り裂いた。大八洲の武将にただの兵卒ごときが敵う訳がないのである。
「と、殿!!」
「お前達は私を心配し過ぎだ」
「こ、これは失礼を……」
「戦局はどうか」
「我らが兵は雲霞のごとく空堀を越え、敵に押し寄せております!」
「それでよい。このまま押し込め」
「はっ!」
塹壕のこちら側に前線を引くことには完全に成功した。他の部隊も概ね成功したようだ。
「しかし、このような野蛮な戦、勝てるでしょうか……」
もう戦術も何もない。ただただ敵と味方の全軍が真正面から殴り合うだけのこの戦、勝敗を決めるのは兵士の量であろう。その点、麒麟隊は大きく後れを取っている。
「我らにとって勝ちとは、ガラティアを追い返すこと。それさえ叶えば、いくら将兵を失おうと構わぬ」
「殿……」
「……本当はもっとよい戦をしたかったがな。晴虎様がいらっしゃれば、易々と奴らを滅ぼしていただろうに」
「そのようなことは……」
謀反人の言うべきことではない。だが、自分があまりにも都合の良い人間だとは自覚しつつも、明智日向守はそう呟かざるを得なかった。
「柴田越中守様、討ち死になさいました!」
「…………そうか。だが、ここで下がる訳にはいかぬ」
明智日向守の腹心の一人が討ち死にした。質で勝る大八洲勢も、ガラティアの最低限の質を備えた物量に押されていたのである。
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