岩田城の戦い

「董将軍、こうなったからには、すぐさま総攻めを仕掛けましょう!」

「……そうだな。和議を結ぶ気がないのなら、仕方あるまい」

「それでは、兵の支度を――ん? あれは……」


 ヒューッと何かが風を切るような音が響く。その正体を見抜いたのは董将軍だけであった。


「何を突っ立っている! 矢だ!」

「矢? あ、あれは!」

「しかも火矢か……」


 数十本の矢が目視出来たことで、連合軍の将兵はようやく状況を理解した。しかもその矢の先端は煌々と輝いていた。


 矢が落ちてくると予想される範囲では、魔法で兵士達を守るように防壁が作られた。しかしこの攻撃は兵士を直接狙ったものではなかった。


「董将軍、兵糧が燃えています!」

「見れば分かる! クッ……兵糧を野ざらしで置いていたのか……。大八洲人なら絶対にしないのだが……」


 文明の段階は地球の中世から近世程度であるこの世界だが、空から攻撃される可能性はいくつもある。その為に普通の軍隊は、脆弱である兵糧を特に火から守る措置を必ず講じている。土中の臨時の保管庫を作ったり、兵糧を守る為に魔女を付けたりなどだ。


 だが連合軍にその発想はなく、簡単に多くの兵糧を燃やされてしまった。


「兵糧が燃やされました。長くは持たないかと。こうなれば、周辺の村から乱取りするしかありません」


 つまるところ略奪である。まあ珍しいことではない。古今東西戦争があれば必ず着いて回る行いだ。


「……いや、そうせざるを得なくなる前にケリをつける。総攻めだ! 二日で岩田を落とすぞ!」

「……はっ!」


 董将軍は人の道を何としてでも守ろうとする。


 〇


「突撃!」

「「おう!!」」


 岩田城は非常に堅牢な城である。その所以の一つが、攻め込める門が一つしかないことだ。故に二万の兵がいても実際に戦っているのは四千程度である。


 もっとも、兵が壊滅的な損害を負っても代わりがいくらでもいるというだけで、圧倒的な兵力というのは十分な利点ではあるが。


「放て!!」


 董将軍自らが指揮を執り、城門への攻撃は開始された。まずは櫓に詰める敵兵に矢を射かけ、これを無力化する。


「敵に引く気はないようです」

「多少の損害は仕方あるまい。怯まずに突撃を続けよ」


 櫓の抵抗は激しく、多くの兵が倒れようとも代わる代わるに兵が繰り出し、やたらめったらに矢をばらまいた。


 敵味方共に多くの犠牲が出たが、最終的には連合軍が物量で櫓を黙らせることに成功した。


「よし。このまま門を破れ!」

「はっ!」


 城門の上から矢を放つ武田の兵。その抵抗もまた激しいものだったが、連合軍の雪崩のような進行に抗うことは出来なかった。城門はたちまちに破られ、連合軍は城内に侵入する。


「静かですね……」

「ああ。外ではあそこまで抵抗したというのに」


 城は静まり返っていた。意気揚々と進軍した兵士達も面食らって意気消沈してしまう。


「敵は本丸で抵抗しようとしているのでしょうか」

「確かに、それが合理的かもしれんが……」


 本丸、つまり天守を中心とした区画は、狭間や罠が所狭しと設置され、最後の砦として最も堅固に建てられている。


 ここに立て籠るのは、確かにある程度の合理性がある。


「とは言え、兵糧も大して蓄えられんだろうし、兵の士気も持つか……」

「背水の陣を敷いているということでは?」

「別に他の曲輪とて脆弱な訳ではあるまいし……クッ……」


 董将軍には武田勢の意図が読めなかった。しかし敵を恐れて包囲に戻る訳にもいかない。であれば、選択肢は一つだった。


「敵が本丸に下がるというのなら、応じるしかないだろう。嫌な予感しかしないが……」

「……なれば、我らが先陣を切ります。董将軍は後ろでお控えになっていて下さい」

「分かった。くれぐれも気を付けろ」

「はっ!」


 董将軍はここに留まり、四千ばかりの兵が前進を再開した。二の曲輪、三の曲輪は全く無人であり、門には鍵すら掛かっていなかった。


 そして本丸に続く最後の城門へ攻撃を仕掛けようとした時だった。


「な、何の音だ!?」

「法螺貝です!」

「董将軍の合図か?」


 法螺貝の音が響く。それは後方から聞こえた。だから将兵はそれが味方からの合図だと思った。だが違った。


「かかれっ!!」

「「「おう!!!」」」

「何!?」


 後方から鬨の声が飛んでくると同時に前後左右から赤い鎧に身を包んだ兵士が現れ、猛然と突撃してきた。


「て、敵です! 我らは囲まれています!」

「応戦しろ! 敵は総勢でも二千! 我らの半分だ!」

「は、はい!」


 縦に伸びきった体勢を立て直し、反撃に出ようとする連合軍。しかし武田の兵は巧妙にその隊列を分断し、その秩序を徹底的に破壊した。今やそこにいるのは部隊ではなく、ただのバラバラに動く暴徒の群れに過ぎなかった。


「て、敵が迫っております!」

「退け! 退け! このままではどうにもならん!」

「さ、下がろうにも敵が!」

「突っ込め! 数で押し切れ!」


 後先考えずに本軍の許まで撤退しようとする兵士達。だがそう上手くいくはずもなく、狭い城内で兵士達は押し合いへし合い、そこを武田の兵に打ち取られた。


「た、隊長!!」

「ぐあっ……」


 彼もまた、名もない兵に討ち取られた。かくして四千の先陣は壊滅し、半数以上が討ち死にしたという。

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