内戦勃発

 ACU2312 8/27 潮仙半嶋 樂浪國 岩田城


 当主が未だに帰還せぬ武田領。


 その北端に位置する、険しい山地に沿うように建てられた難攻不落の城、岩田城。その城に、曉が唐土の諸侯に命じて出兵させた二万の軍勢が迫っていた。


「申し上げます! 敵の数は二万! 岩田城より北に三十キロパッススにまで迫っております!」

「大儀じゃ。我が方は三千。さてどうしたものか」

「眞田殿、既にお考えがあるようですな」

「菅助も、全く狼狽えておらぬではないか」

「ふふ……」

「ふふふ……」


 武田の居残り組を率いるは、信晴の腹心である表裏比興の男眞田さなだ信濃守信昌、そしてその隻眼の軍師山本菅助昌信である。


 状況は極めて悪い。半嶋に残る兵は総勢で三千程度であるのに、敵は二万で攻め込んで来る。多く見積もっても二千の兵でこれを相手取り、短くとも二週間は耐えねばならない。


 なまじ街道が整備されているせいで敵の侵攻は早く、上手く戦わねば二週間とは言えど武田領が制圧される可能性は十分にある。


「さて、野戦などもっての外じゃ。ここに籠城するが上策であろうな」


 諸将を集め、信昌は早速軍議を開いた。


「左様ですな。されど、定石の通りに籠るだけでは、いくら岩田城とは言え、十倍の兵には、三日ともたぬやもしれません」

「左様。しからば、そなたらに策を聞きたい。何か、あるか?」

「恐れながら、申し上げます」

「菅助、申してみよ」

「ははっ。ただ籠るだけでは負けるのみです。而れども、城の外に打って出ても負けるのみ」

「それでは負けるだけではないか!」「軍師が笑わせてくれる!」


 一斉に罵声が飛んでくる。しかし菅助は気にもとめず、信昌も続きを促すように首肯した。


「お聞きくだされ。某はただ、真実を申し上げているまでのこと。何をお怒りになっているのか」

「何をとは、当然ではないか!」

「ふふ、某は、籠るのみ、打って出るのみでは勝てぬと申し上げているまでです」

「……つまり?」

「半分は籠り、半分は打って出る。これぞ上策にございまする」

「……眞田殿、そのようなこと、机上の空論としか思えませぬ。いささか菅助を買い被り過ぎではありませぬか?」

「買い被りなどではない。よく申した、菅助! その策乗った!」


 信昌は大層楽しそうな声で言った。まるで最初から菅助がそう言うと分かっていたかのように。しかし楽しそうなのは信昌だけであった。


「眞田殿…………」

「不満か、皆の衆」

「それは……」

「菅助が申したことに相違はない。なれば、例え一分、いや一厘の勝機しかなくとも、負ける他ない戦に挑むよりよほどよいではないか」

「……確かに」


 結局、菅助の提案が受け入れられることとなった。


 ○


 およそ半日が経った。岩田城は唐土諸侯の連合軍によって完全に包囲されていた。


『我が名は薫一龍とうかずたつ、燕の国の将軍なり! 岩田城の者共、直ちに降伏せよ! さすれば、将も兵も、貴殿らの命は全て守ると約束する!』


 城を包囲した連合軍は岩田城に降伏を呼び掛けた。しか岩田城からは返事の一つも帰ってこなかった。


「董將軍、奴らに我らに降る気などないようです。こんなことならいっそ皆殺しにしてしまいましょう」

「ダメだ。我らは大八州を次に統べる者。反感を買うようなことはするなと、曉様からのご命令だ」

「大八州人の命令など聞くことはありません。とっととこの城を焼き払い、半島を南下しましょう」

「大八州人のようになってはならん。我々は唐人からひととして、誇りを持って戦うのだ」

「……分かりました。董將軍がそう仰るのなら」


 大八州に征服され、その支配に組み込まれた記憶はまだ新しい。多くの唐土の人々は大八州へ少なくない恨みを持っていた。だがそれでは憎む相手と同じだろうと、董將軍は将兵を諭す。


「――だが、諸君らの懸念もよく分かる。あと半刻だけ様子を見た後、力攻めを行う」

「はっ!」


 急がねばならないというのは董將軍も分かっている。故に最後の呼び掛けを行う。


『岩田城に籠る者に告ぐ! 彼我の戦力差は十倍であり、貴殿らに勝ち目はない。ここで戦うは、互いに命を無為に失うだけであろう。半刻の後に総攻めを行う! 今すぐに我が軍門に降れ!』


 と、その時、ついに岩田城から反応があった。


「あれは……狼煙のようです」

「狼煙?」

「我々に降るということでしょう」

「いや……違う! 向こうから仕掛けて来るぞ! 武器を持て!」

「そ、そんな馬鹿な――っ!?」


 董將軍がそう言った瞬間、城から山々に響き渡る大きな鬨の声が聞こえた。そして城門が開け放たれ、千ばかりの兵が打って出てきた。


「急ぐのだ!」

「し、しかし董將軍、兵は休んでおり、そのような備えは……」

「クッ……これがこの有様が……」


 まさか向こうが先に仕掛けて来るとは思わず、誰も鎧を着こんでもおらず、刀も持っていなかった。


「我らが兵が……」

「…………」


 奇襲を受けた連合軍の兵は為す術もなく虐殺された。二千人以上の将兵が討ち取られ、陣地は悉く焼き払われた。連合軍が反撃に出ようとした時には、彼らは既に城内に引き上げていた。

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