岩田城の戦いⅡ
「董将軍、お味方は総崩れです。これでは……」
「分かっている。崩れてくる味方を休め、この門の守りを固めよ。攻め込むのはその後だ」
「はっ!」
物理的に四千以上の兵を投入することは出来ない。このまま何度攻撃を繰り返しても、結果は同じであろう。そんな馬鹿なことをしでかす董将軍ではない。
まずは制圧した一の曲輪まで全軍を撤退させ、ここを逆に自軍の橋頭堡とする。これが将軍の作戦である。
「奴らもここに仕掛けてはこないでしょう。しかし、どのようにして城を攻め落としましょうか」
「……着実に門を一つ一つ押さえていくしかあるまい。敵が奇襲を仕掛ける機をことごとく奪うのだ」
先程の戦闘では、門に人がいないことで調子に乗った将兵が一気に本丸まで前進した結果、伏兵の存在を全く見抜けなかった。
そこで次は、制圧した曲輪の守りを固めながら、一歩一歩前進するのである。
「時間がかかるでしょうね……」
「仕方あるまい。我々にはこの手しかない」
「はっ。すぐに支度に取り掛かります」
盾や弩など防御の為の兵器を次々と城内に運び込む。だがその時、城内から空高く昇る煙が見えた。
「煙……? 敵に裏切り者でも出たのでしょうか?」
「いや……違う。あれは狼煙だ! 敵は仕掛けてくるぞ!」
「え、は、はっ!」
狼煙は敵側の合図。必ずや何かを仕掛けてくる。董将軍は直ちに将兵に命じ、襲撃に備えようとした。だがその時、将軍は足元に妙な感覚を覚えた。
「ん? 足元がぬかるんで……いや、これは……」
地面を見ると、兵士達の立つ地面のほとんどがぬかるんでいた。つい数分前までは水などなかったのに。
それが示すことは一つである。
「将軍、これは一体……」
「敵の仕業だ! これで我らを動けなくしたということは、攻め込んで来るぞ!」
「あ! しょ、将軍、来ました!」
その時、城の外から鬨の声が響き渡り、木々の間から千人ばかりの赤き兵が猛然と突撃して来た。
「クソッ……守りを固めるのだ! 急げ!」
「下の方は水が酷いようです! 兵達は身動きが取れず、次々に討ち取られております!」
足がすっかり水浸しになるほどの水は、小規模な泥濘を作り出した。兵はマトモに身動きが取れず、次々と矢に貫かれていく。泥濘は赤黒く染まった。
「え、援軍を! 直ちに!」
「ならん! 今更に兵を出せば、更に混乱が広がるのみだ。敵は寡兵。決して負けることはあり得ん」
「し、しかし……」
後方の兵は大混乱の中にある。だが敵の数はその十分の一程度に過ぎず、実際のところは大した損害は出ていない。ここで援軍を送れば混乱は更に広がり、同士討ちで多くの死者を出していたであろう。
何とか兵に秩序が戻り始めた。
「ふう。何とか体勢を整えられたようです」
「このまま押し返せ」
泥に足を取られながらも、数の利を活かし、連合軍は反撃を開始した。武田勢も徐々に引きつつあるようだ。
だがその時、悪い報せが入った。
「将軍! 城からまた狼煙が!」
「何!?」
見ると、先程の数倍の大きさの狼煙が上がっていた。それは今の奇襲よりも更に大胆な策があるということ。
「何だ……敵は何をしようとしている……」
奇襲を仕掛けてきた千と、城内に籠るおよそ千の部隊。それだけで武田勢の兵力はほとんど使い果たされている筈だ。
では何が出来るのかと考えていたその時――
「将軍!! も、申し上げます!」
血相を変えた伝令の兵が本陣に飛び込んで来た。彼は片目を失っているようであった。
「何だ?」
「ははっ! 韓の軍勢が敵に寝返り、我らに突っ込んで来ております!」
「何!? 本当か!?」
「い、今まさに、近づいてきております……! ほら!」
剣戟の音、兵士達の喚き声がたちまち近づく。それは本陣のすぐ近くから聞こえてくるようであり、裏切りと考えるのが自然だった。
「韓か……確かに薄汚い連中だが、よもや裏切りとは……」
「このままではお味方、総崩れとなってしまいまする!」
「……分かっている。馬廻りを全て出せ! 裏切り者を根切りにせよ!」
「ははっ!!」
董将軍は自らの護衛部隊を全て出し切り韓の軍を迎撃させる。隻眼の男は董将軍の命令を伝えに走り去っていった。
それが眞田信濃守と山本菅助の策とも知らずに。
〇
「ふふ、ふはははは! 馬鹿共め! 罠とも知らず、無様に殺し合っておるわ!」
眞田信濃守は大笑いしながら、城内、城外で殺し合う唐土の兵を見下ろしていた。
「よくやった、菅助!」
「ありがたき幸せにございまする」
片目を失った男とはこの菅助のことである。彼は敵兵のフリをして堂々と敵陣に乗り込み、裏切りがあったと嘘の情報を報告した。その結果、連合軍は勝手に殺し合いを始めたのである。
因みに韓の国の軍勢の中には菅助が董将軍と面会する前から数十人の武田兵が紛れ込んでおり、彼らが大騒ぎを起こすことで董将軍を惑わすことに成功したのであった。
武田軍が手を下すまでもない。戦わずして勝つ。これが最上の策というものだ。
「申し上げます! 敵勢、城内より引き上げてございます!」
「よーし。ありったけの矢をぶち込め! 一人として生きて返すでないぞ!」
「はっ!」
とても前線を維持出来ず撤退を始めた唐土の軍勢。その背中を無数の矢が襲う。兵士達は前後不覚になって逃げ惑い、死者はますます増える。
こうして眞田信濃守率いる武田軍は、十分の一の兵力で敵を軽々と撃退して見せたのである。曉の計画は既に大きく狂い始めていた。
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