ゲルマニアの対応

 ACU2312 8/20 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「ほ、本当か……あの軍神が死んだとは……」

「はい。長尾右大將の公式発表だけでなく、各方面からも裏を取った確かな情報です」


 リッベントロップ外務大臣はヒンケル総統に報告した。外務省が丸一日かけて収集したあらゆる証拠が、謀反が本当に発生し、そして大八州の最高指導者にして最高司令官であった晴虎が死んだことを示していた。


「これは……非常にマズいことになったな……」

「はい。これでヴェステンラント軍は全力を以て我が国を滅ぼしにかかってくるでしょう」


 西部方面軍ザイス=インクヴァルト司令官は、最大の当事者だというのに他人事のように言った。


「……大丈夫なのか?」

「いいえ、全く。大八州方面に展開している10万の魔導兵が今の西部戦線に押し寄せれば、たちまちに戦線は崩壊し、我が国は滅亡することでしょう」

「…………全くダメではないか」

「はい、その通りです、総統閣下」


 最悪の場合――即ち大八州が何の抵抗も出来ずに崩壊した場合、ゲルマニアもまた崩壊するだろう。そうなればもう、どうしようもない。


「とは言え我々は、最大限の努力をしなければなりません。問題は二点です。一つは、可能な限り早く帝国の全戦力を西部戦線に集結させること。もう一つは、大八州がどれだけ耐えられるか分析することです」

「確かに、その通りだな。取り敢えず後者からいこう。しかし……大八州の政情分析は誰の担当だ?」

「それは……おらぬようですな」


 カイテル参謀総長は言った。彼が言うのだから間違いはない。ゲルマニアは大八洲を一つの塊と見て戦況を分析した来たが、その中身、つまり大名の関係性などについては、ほとんど無知なのである。


「弱ったな。それでは大八洲がどれだけ継戦出来るか分からないではないか」

「そのようです。しからば、我々は可能な限り早くダキアを降す必要があります」


 ザイス=インクヴァルト司令官は言う。


 確かにこのままではヴェステンラントの援軍で西部戦線は崩壊する。だが東部戦線の巨大な兵力を全て西部に回せれば、ヴェステンラントの総攻撃を耐え抜くことも能うだろう。


「今更だが、ダキアと早期に講和を結ぶというのはどうだ?」

「閣下、ダキアの脅威を完全に排除せねば、東部方面軍は動かせますまい。我々が求めるのはダキアを完膚なきまでに屈服させることであって、講和ではありません」

「ローゼルベルク司令官も同じか?」

「はい。ダキアは自ら攻め込む余力こそありませんが、未だ多くの戦力を温存しています。ここで講和を結んでも、いや結べばこそ寧ろ、多くの兵を押さえに残さねばなりません」


 ダキアが反撃に出られていないのは主に兵站上の理由によるものであって、その総兵力は全く油断出来るものではない。ダキアを全面降伏させその武装を解除させねば、西部戦線に十分な兵力を回すことは出来ないだろう。


「…………ならば、我らがするべきことは一つ。可能な限り早くダキアを降伏させることだ。期限は……2ヶ月とする」

「に、2ヶ月……」

「まあ特に意味はない。とにかく早くせよということだ」


 もしかしたら一ヶ月で大八州が崩壊するかもしれない。この目標は取り敢えずのものだ。特に意味はない。とにかく一日でも早く、急がねばならない。


「さて、では2ヶ月以内にどうすればダキアは降伏する?」

「ダキアに攻め込むにはやはり、ピョートル大公のいるオブラン・オシュを攻め落とさなければならないでしょう。例え……兵站が完全に繋がらなくとも……」


 ローゼンベルク司令官は声を落としながら言った。兵站が繋がらないなどと軽く言うが、それはつまり兵士に餓死者を出しながらでも進撃するということだ。


「やはりそうなるか……しかし、シグルズはどう思う? 空襲で何とかすることは出来んか?」

「……いいえ、閣下。結局のところ、最後に勝負を決するのは陸軍です。敵国人を一人残らず殲滅するでもない限りは、勝利を掴む為に陸からの侵攻は不可欠です」

「ふむ、分かった」

「しかし、敵の抵抗を可能な限り小さくすることは空襲でも可能です。出来るだけ多くの都市を爆撃した後に侵攻を仕掛けるべきかと」

「とはいえ、急がねばならんな。となると、これより1か月の間空爆を続け、その後に陸上から侵攻を行う。概ねこれでよいか、ローゼンベルク司令官?」

「はっ。そのように準備を進めます」


 国策は最悪を想定して立てるべきだ。今回も、大八州が2ヶ月程度で降伏することを前提とした作戦が立案された。


「それと、ガラティアが何やら動いているらしいが、それについてはどうだ?」

「はい。確かに10年ぶりの軍事行動を起こそうとしている兆候は見られますが、今のところその目的は不明です。単に自国に戦火が飛び火するのを恐れているだけかもしれません」


 リッベントロップ外務大臣はヒンケル総統に答えた。ガラティアが何をしたいのかは、今のところは不明である。今のところは友好的な関係とは言え、同盟も不可侵条約も結んでいない間柄。


 油断するべきではないだろう。

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