アリスカンダルの野望

 ACU2312 8/20 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君候国 帝都ビュザンティオン


 長尾右大將曉の謀反、そして上杉四郞晴虎の横死は、当の曉の発表によって全世界に即座に知らしめられた。この大戦に参戦する全ての国がその報に驚いていたが、中でも最も衝撃を受けているのは恐らく、シャーハン・シャー、アリスカンダルであろう。


「この報、絶対に間違いはないだろうな?」


 アリスカンダルは西方ベイレルベイのスレイマン将軍に問う。


「はい、間違いはありますまい。大八州の外国奉行もそのように申しております」

「そうか……晴虎が死んだ……晴虎が、死んだ……晴虎が死んだ! 死んだ! あいつが死んだぞ!!」


 アリスカンダルは異常に興奮した様子で叫んだ。


「陛下……落ち着いてください!」

「あ、そ、そうだな。すまない」

「いえ。陛下が大いに喜ばれる理由は、あの敗戦を経験した私にもよく分かります」

「ありがとう」


 10年前、トリツの両国紛争地域で発生したヴァンガの戦い。あの戦いでガラティア軍は晴虎に大敗を喫し、以降アリスカンダルは政務への意欲を急激に失い、一切の戦争を行っていなかった。


 だが帝国を恐怖させた男は死んだ。そして大八州という国は今、瓦解しつつある。


「皆の者、聞け! これより我らは大八州へと侵攻する!」

「お、お待ちください、陛下。それはあまりにも性急に過ぎます!」


 東方ベイレルベイ、つまり大八州との国境地帯を管轄するイブラーヒーム内務卿はうろたえた様子で言った。それにはスレイマン将軍も同意する。


「イブラーヒーム内務卿の言う通りです。それはあまりにも性急な判断であるかと」

「何故だ? 大八州が混乱している今こそ侵攻の好機。これを逃せば、日に日に大八州は体勢を立て直し、好機を失うではないか」

「陛下、それは逆かもしれませんぞ」

「何?」

「もし大八州が割れれば、時が経てば立つほどに大八州は力を弱めていきましょう。その後で、我々は悠々と攻め込めばよいのです」

「そうなるとは限らないではないか。謀反を起こした曉がそのまま大八州の実権を握るとも、逆に曉を早々に誰かが倒し、実権を握るかもしれん」

「そうですな……確かに前者の場合は我が国に付け入る隙はありませんが、後者の場合、大八州の有象無象の大名が団結して我が国と戦うなどとは考えられません」

「確かにな……。となると、我らはまず曉が大八州を統治することがないように振る舞うべき、ということか」


 今は完全に分裂状態にある大八州。それを再統合させてはならない。そして再統合を果たす者の最有力候補が曉であるのならば、それは未然に叩かねばならない。


「仰る通りです。となれば……謀反人曉に味方する者を討伐するという名目で出兵するのは悪くないかもしれませんね」


 イブラーヒーム内務卿は言った。大八州への侵攻ではなく、寧ろ支援として兵を進めるというのである。


「なるほど。しかし、誰が曉の味方かなどは分かっているのか?」

「大八州の大名は、武田家を除いてほとんど全ての者が様子見をしております。そもそも曉に付くのか決めていない大名が大半かと」

「そうか……いや、それでも問題はないか」

「と、仰いますと?」

「我らは曉を討伐するべく兵を出す。ならば、我らに道を開けぬ者は全て曉の味方であると言い張ることが出来るだろう」

「なるほど。それは確かに、いい大義名分です」


 例え曉に敵対することを表明している大名であっても、ガラティアに協力しなければ謀反人の味方であると言い張って攻め込むことが出来る。正義とは実に便利なものだ。


「この名分で攻め込めば、大陸東岸の曉の領地まで攻め込める。そこまで攻め込むことが出来れば……我が野望は満たされる」


 アリスカンダルは世界の果てを目指した。当世風に言えば大陸を横断する版図を築きたいということになるだろう。既に西は押さえた。後は東だけだ。


「しかし陛下、先ほども申し上げましたように、我が軍に外征の準備はまるで整っておりません。暫く時間をお与えください」


 イブラーヒーム内務卿は言う。10年も戦争をしてこなかった国が1日で準備を整えられる筈がない。


「……分かった。それで、どれだけ時間が必要なのだ?」


 アリスカンダルは不承不承といった感じだが承知した。


「最低でも4万の魔導兵を集める必要があるでしょう。となれば……一月は頂きたいです」

「分かった。それでは一月の間、イブラーヒーム内務卿は戦争準備に努めよ。スレイマン将軍には、大八州の情勢を注視し見極める任を与える」

「ははっ。謹んで、お受け致します」


 情勢はどうなるのか全く分からない。一月もあれば地図がまるで変っている可能性もある。


「――だが、やはり、最低限の干渉は行うべきだな」

「軍を動かさずに干渉を?」

「我らには不死隊がある。少数精鋭の部隊が、すぐに動かせるだろう。これを使い、曉に対抗する勢力、つまり武田家を助ける」

「確かに、いくら武田でも上杉には敵いませんでしょうからな」


 現状で唯一曉の上杉家と戦うことを宣言している武田家。それを支援し、情勢をかき乱しておくのである。

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