公然たる謀反

「さて、問題は我らがどう振る舞うべきかだ。さっきも言ったが、どの大名も信を置けぬ。故に、我らは我らの力だけで暫くは耐えねばならぬ」

「耐えると仰いましても……」

「何、簡単なことだ。最早この戦は終わった。我らは陸奥へ戻り、大勢を見極める」

「ヴェステンラントは捨て置くと仰いますか?」

「ああ。どの道、このことが知れれば他の大名も国へ帰るだろう。伊達だけが身を捨てる訳にはいかん」

「……承知しました……」


 曉と並び今でも最大の敵である白人。それを捨て置くということは、数千万の民がその奴隷となるということだ。しかし朔は大義の為に死んでくれと晴政に命じることなど出来なかったし、しようとも思わなかった。


「俺も心は痛いのだ。民を殺し苦しめる白人を東亞から追い落とすは、すべからく有色人種の願うこと。されど、負けると分かっている戦に首を突っ込むなど出来ん」

「左様にございますね……わたくしも、異論はございません。しかし、この謀反のことは諸大名に伝え拡げるべきではございませぬか?」

「ふむ。何故だ?」

「今このことを知っているのは、曉の調略を受けた者と我らのみ。このまま何もしなければ、謀反人共に戦支度を整える時間を与えてしまいましょう」

「まあな。とは言え、その必要があるかな?」

「? どういうことでしょうか」

「直に分か――おっと、桐、どうした?」


 気づくと桐は遠話機に耳を当て、一字一句聞き逃さまいと真剣な顔をしていた。


「曉が、自分が謀反を起こしたことを堂々と公言したわ。まったく、図々しい奴」

「なっ……そんな馬鹿な……!」

「ほらな? で、他には何と申しておる?」

「そうね。まず何だかつらつらと謀反を起こした大義を言ってるわ。それと、これより上杉家の家督は上杉上総守のものになるそうね」

「誰だそれは?」

「私に聞かれても知らないわよ」

「晴政様の叔父上にございます」

「なるほどな」


 つまるところは曉の傀儡である。上杉家の一員であるというだけで実権はほとんど握っていないような男に、積極的に政権を動かすことなど出来ないだろう。


「しかしそれよりも、大義とは何なのですか?」

「え? ああ、晴虎様が義ばかりを重んじて、大八洲にとって無用な戦に足を突っ込んだからだそうよ」

「無用な戦など……いえ、そのような言、所詮は大義名分に過ぎませぬね……」


 白人への憎しみの強い曉のことだ。この戦争そのものに反対していたなどあり得ない。これは表向きの理由だろう。


「で、それと、これより上杉家に恭順せぬ者は全て征伐するとも言っているわ」

「よくもそのようなことを……」

「まあ、おかしなことではあるまい。それが謀反というものだ」

「ですが……いえ、このような時には義などございませんね……」


 謀反とは自身に従わない者を力でねじ伏せることだ。従わない、謀反を認めないと言うのであれば、それ相応の武力を持って応えねばならない。


「そうだ、桐、誰が曉についたかなどは、何か申しておったか?」

「いいえ、そういうことは何も」

「ほう。調略はそう上手くいっていないのやもしれん」


 晴政はニヤリと笑みを浮かべる。それは謀反人を逆に征伐して自らが大八洲の政を司れる可能性が残っているということだ。


「まあよい。どの道、我らは陸奥へ帰る。長尾左大將よ、俺についてくるか?」

「……はい。こうなった以上、晴政様を頼らせて頂きます」

「俺としても、お前が味方になるのは願ってもないことだ。よろしく頼もう」

「はい」


 単純に彼女の鬼道はこの世界でも最強のものであるし、仮にも上杉家の二番手である彼女がいれば、天下取りの大義名分にも使える。


 晴政と朔は持ちつ持たれつの関係であると言えるだろう。


 〇


 ACU2312 8/20 黑尊國 日出嶋


 武田家にも当然、曉の謀反宣言が届いていた。


「御館様、これは大変なことになってしまいましたな……」

「ふっ、いずれこうなるとは――ゴホッ……」


 背中を大きく曲げながら咳をする信晴。同時に血も吐いていた。


「お、御館様!」

「案ずるな。儂は、この程度では、死なぬ」


 どう見てもその様子は苦しそうだ。誰もが、信晴本人でさえも、彼の死期が近いことを察していた。


「話を戻せ」

「……はっ。まず当家としては、曉につくのかつかぬのか、それを決めねばなりますまい」

「武田を生き残らせるには、上杉につく他ありません。我らと晴虎様の犬猿の仲であることは周知のこと。曉についたとて、裏切り者とは思われますまい」

「仲が悪いなど、そのような些事にて政を取り計らうか? 大八洲の大名は全て、あくまでも将軍家にお仕えすべきもの。曉を討伐すべし!」


 家中の意見は割れた。双方の勢力は拮抗し、ついに決着はつかなかった。となれば、信晴が判断を下すしかない。


「御館様、武田の進む道を選ぶは御館様にございます。我らは御館様のお言葉にならば、喜んで従います」

「……よかろう。皆の者、我らはこれより、逆賊、長尾右大將を討伐する!」

「「はっ!!」」


 武田家は早々に反曉の姿勢を示した。

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