協力
「あ、曉が謀反など……そんなことを仰るのなら、あなたが嘘を吐いているとしか思えますぬ!」
朔には晴政の方が余程信じられなかった。彼女は再び晴政に刀を向けた。
「少しは人の話を聞け。こんな女が上杉家の侍大将とは、大八洲も地に落ちたものだ」
「なっ……」
「ちょっと、どうしてわざわざ喧嘩売るのよ、このバカ!」
「バカとは何だ、バカとは」
「…………」
――一体何を信じるべきでしょうか……
朔は迷っていた。普通に考えればどう考えても伊達家が疑わしいが、当の彼らにそのような雰囲気は感じられない。
「――そもそも、本当に我らが晴虎様を殺したのであれば、お前もとっくに殺しておる」
晴政は言った。確かに、朔は上杉家の軍部において、晴政に次ぐ地位を持っている。そんな彼女を謀反人が放っておくだろうか。
「……分かりました。一旦はあなた方の言葉を信じると致しましょう」
結局、朔は一先ず警戒を解くことにした。
「ふん。それでいい」
「では――あれ?」
「ん? どうした?」
「わたくしにこの謀反を伝えたのは明智日向守殿にございましたが……」
「明智? 曉の家臣ではないか」
「ええ。ということは……あの者は自らが謀反を起こしたのを、図々しくわたくしに……!」
確かに、今になって考えてみるとおかしなことはあった。その最たるのは、これほどの謀反なら目撃者も多い筈で、誰も家紋を覚えていない訳がないことだ。
「なるほど。つまり明智日向守は、正しく今のように、我らを仲違いさせようとしたのだろう」
「なんと汚い真似を……わたくしは彼の者を成敗して参ります!」
朔は黒い翼を生やし、明智日向守のいるであろう屋敷に飛んで戻ろうとした。
「やめておけ」
しかし晴政はそれを静止した。
「何故ですか!?」
「そんな図々しい奴が、お前が戻ってくると考えぬ訳がなかろう。とっくに逃げおおせているに違いない」
「くっ……」
その通りだった。そしてこの広大な島でたった一人の人間を見つけるというのは、到底不可能な話である。
「さて、所詮は謀反人の家臣。明智など捨ておけ。それよりも案ずるべきは、これより我らがどう動くか、だ」
晴政は言う。ここで動きを間違えればたちまち滅びるのは必定である。
「どうと言っても……逆賊を討伐しに参るまでです!」
「あんた、本当にバカだったんじゃないの?」
桐は呆れながら言った。
「な、何を仰います! 当然のことでしょう!」
「残念だが、いくら俺でも、伊達だけで上杉をどうにかすることは出来ん」
「…………そ、そうでございますね……」
頭を冷やせばすぐに分かること。上杉家の軍事力は上杉を除いた最大の大名である武田家の倍以上である巨大であり、容易に喧嘩を売っていいものではない。
とは言え、それは上杉家が全て曉についた場合の話。
「しかし、上杉の諸将がどう動くものか……」
「それはお前が知っているのではないのか?」
「……申し訳ございません。わたくしにはそのような力はないのです……」
「そんなことだろうと思ったわ」
朔は名目上、上杉家の全ての武士を統括する者である。しかし実際のところ、彼女が直接動かせる兵力はないに等しい。
本来は有事の際に上杉軍は左大將が率いることになっているのだが、晴虎が最前線で采配を振るのを好むせいで、朔の役割が事実上奪われてしまったのである。
征夷大將軍であるのに戦場に赴くというのは、本来好ましいことではなかった。
「さて、お前の手持ちの兵はどれほどだ?」
「……供回りの者が百ほど」
「我らは一万と二千の兵を擁しておる。お前が何をしたいとあっても、伊達と手を携えざるを得ないと思うが?」
「大八洲には伊達家以外にも多くの大名家がございます。あなた方と手を組むよりは余程良いかと存じますが」
「確かに、伊達は正直言ってそこまで大した大名ではない」
「は、晴政様、そのような――」
「源十郎は黙っていろ。今は体面にこだわる時ではない」
「……はっ。失礼を致しました」
奥羽の大半、百二十万石を治める伊達家であるが、地球の日本で言うところの一地方を丸々治めているような大名も数多く、当然ながら彼らは伊達家を凌駕する軍事力を保有している。
「なればなおさら――」
「しかし、本当にそいつらがお前の味方をしてくれるか?」
「そ、それは、確かに断言は出来ませぬが、逆賊を討ち滅ぼす為ならば、手を貸して下さる大名も多いでしょう。彼らにとって利となることでもございますし……」
実際、明智十兵衛光秀を討伐した豊臣秀吉のように、逆賊を打ち倒した者は戦後の政権で優位な立場に立つことが出来る。それを見込んで手を貸す大名も多いだろう。
「確かにな。だが、それはあくまで、その者共が曉の味方でない限りの話だ」
「暁に味方する者など……はっ」
「やっと気づいたか」
「調略、ということにございますね」
「いかにも」
これほどに大規模な謀反。曉が味方を確保せずに起こす筈がない。多くの大名が誘いを受け、謀反の後に政権を握れる公算があったからこそ、彼女は謀反を起こしたのだろう。
つまるところ、今は誰も信用出来ないのだ。
「……であれば、確かにあなたにつくのが賢明やもしれませぬ」
直接会ってみて謀反を起こしたようには到底思えない晴政が、今のところでは一番信用の置ける相手だ。もっとも、比較的にという話でしかないが。
「……分かりました。暫くはあなたと共にいましょう」
「よかろう」
かくして朔は晴政と暫し共闘することとなった。
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