濡れ衣

「……おいおい、あれはどういうことだ……?」


 隻眼の大名、伊達陸奥守晴政は、燃え盛る寺院を呆然と眺めながら言った。


「あれは晴虎様のいる本善寺、だよな、兄者?」

「あ、ああ、そうだよな、源十郎?」

「はい。あれは晴虎様がお泊まりになっていた本善寺です」


 伊達勢は特に本善寺を訪れる予定はなかった。ただ単に行軍の経路に本善寺の近くの道を選んだだけだ。


 その筈だったのに、とんでもない状況に遭遇してしまった。


「……火事か? それとも謀反か?」

「謀反ではないと思いますが……それは私には分かりかねます」

「それもそうか」

「何にせよ、晴虎様の御身に危険が迫っていることは間違いありません。我らは助けに向かうべきかと」

「そうだな。直ちに桐と飛鳥衆を向かわせよ」

「はっ!」


 まさか謀反だとは、誰も思っていなかった。


 〇


 足の遅い歩兵は置いて、桐の率いる飛鳥衆総勢五百ほどは、早々に本善寺の上空に到着した。しかし本善寺の様子は異常なものであった。


「人がいない?」

「そのようですね……」


 大火事と言っていい燃え盛り具合。しかし火を消そうとしている者はどこにもいなかった。


「一体何が起きて……」

「とりあえず地上に降りてみるべきかと」

「それもそうね。降りるわ」


 彼女達にとってただの火など脅威にはならない。桐は五十人程を連れ、燃える寺院の中に降り立った。


 そして人を発見することに成功した。死体を人と呼んでいいのであれば、だが。


「死体……焼け死んだという風には見えないけど」

「斬り殺されています……これは、もしや本当に……」

「謀反……ね」


 そこら中に転がる死体は、明らかに刀か弓矢で殺されたものだった。それは謀反以外の何者でもないだろう。


「晴虎様は、まあ生きていないでしょうね」

「……恐らくは」


 謀反の目標が晴虎だというのは明らかだ。であれば、もうこの世にいないのは間違いない。


「……とにかく、まずは晴政にこのことを伝えるわよ。残りの者はここで火を消しておきなさい」

「はっ!」


 ――しかし、最悪なことになるかもしれないわね……


 不安を抱えながら、桐は大急ぎで晴政と合流しに戻った。


 〇


 その少し前、酋長達と交渉を重ねていた朔に謀反の報せが届いた。晴虎の供回りはことごとく殺され、この情報が伝わるまで一晩を要してしまった。


 しかもその情報も、何者かによる謀反が起こったという、ただそれだけの歯抜けたものであった。


「……それは真にございますか、明智殿!?」

「はい。謀反があったことは間違いないかと。ただし、誰が起こしたかなどは……この地の民は我らの家紋など知りませぬ故……」

「……分かりました。わたくしは本善寺へ参ります」

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 朔は何も考えず、鬼石だけを携えると、全速力で本善寺へと飛び立った。一方の明智日向守は、滅多に見せない不気味な笑みを浮かべていた。


 〇


 数キロパッススの距離を飛び、朔が本善寺の辺りで発見したのは、伊達家の旗と馬印であった。


 ――伊達陸奥守……やはりあやつが!


 晴政謀反の噂は十年近く飛び交い続けている。一度も処罰を食らったことはないが、諸大名からは常に怪しまれてきた。故に、彼が本当に謀反を起こしたというのを疑う理由はなかった。


 朔は晴政の居場所を示す馬印を見つけると、弾丸のような速度で一気に舞い降り、周囲の兵を吹き飛ばしながら、晴政のいる本陣へ真正面から殴り込んだ。


「伊達陸奥守! 此度の謀反、いかなる理由があろうと断じて許しはしませぬ!」


 朔は腰の刀を抜くと、それを晴政に躊躇なく向けた。だが晴政は全く動じていないようだ。それどころか呆れた様子である。


「はあ……こうなると思った」

「何ですかその顔は!」

「謀反を起こしたのは伊達ではない。我らがここに来た時には既に、本善寺は燃えておった」

「何を今更! そのような言い訳が通るとでもお思いですか!?」

「これが事実だ」

「……問答無用っ!!」


 朔は怒りに任せ、晴政に斬りかかった。しかし、その斬撃は二人の刀によって晴政を斬る寸前に止められた。


「我が主に傷を付けさせる訳には参りません」

「晴政を斬ったら、殺すわよ」

「…………」


 源十郎と桐という強固な壁は、朔ですら容易に打ち倒せなかった。


「謀反人の肩を持ちますか! それが大八洲の武士ですか!?」

「晴政様も仰るように、これは我らが企てた謀反ではありません」

「違うって言ってるでしょ、この馬鹿!」

「ば、馬鹿……」


 朔は本来こんな激昂して我を見失う人間ではない。あっという間に緊張の糸が切れ、普段の様子が見え隠れしていた。


 と、その時だった。


「兄者、何があった!?」


 朔の背後から成政が陣所へと入って来た。


「あ、あんたは……」


 彼はすぐに状況を察し、誰も刺激しないようその場で立ち止まった。


「あんた、長尾左大將殿だったな」

「はい」

「ついさっきだが、誰が謀反を起こしたのか突き止めたんだ。話くらいは聞いてくれねえか?」

「……いいでしょう。誰が謀反を起こしたと仰るのでございますか?」


 そうして出てきた名前は、朔にとって全く予想外の名であった。

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