謀反

 五十人程度の兵士を忠虎救出を向かわせた後、残った者は弓矢と刀を持ち、防戦の準備を整えた。鎧兜を纏っていられるような時間はなく、完全武装の麒麟隊には恐らく蹂躙されるばかりであろうが。


 地鳴りのような足音があちらこちらで響き渡る。麒麟隊は本善寺の外縁部から堅実に制圧を進めているようだ。


「晴虎様、敵はゆっくりと攻め入っているようです。飛鳥衆を率い、逃げおおせることも出来るのでは?」

「曉のことだ。この空にもまた、逃げ道など残されてはおらぬだろう」

「っ! そのようです……」


 晴虎がそう言った直後、月明かりに照らされた空に多数の黒い影が現れた。麒麟隊の武士である。空を飛ぶ者はことごとく撃ち落とされるだろう。


「……まだか……」


 足音と、それに時折混じる叫び声、喚き声は確実に近づいてくる。供回りの者共は防御に適した門の手前に陣取り、矢を構えた。


 しかし敵が突入してくる気配はない。


「は、晴虎様、これは……」

「妙であるが…………否、皆の者、堂の中へ戻れ!」

「は、はっ!」


 晴虎は何かを察し、兵士を皆建物の中へ戻らせた。


「これは何故に……あれは!」

「鉄砲、であるな」


 突如として伽藍を囲う壁の上に数千の銃口が現れた。そして寺への被害など顧みず、境内へ乱射を繰り返した。


 無数の弾丸が降り注ぎ、硝煙が霧となって立ち込めるも、未然に危機を察した晴虎側の犠牲はほんの数名であった。


「鉄砲などを戦に用いるとは、曉は何を考えているのやら……」

「我らが鎧をつける暇もないと分かっておったのだ。故に、生身の人を殺すに最も適した武器を用いたのだ。流石は麒麟隊であるな」


 魔導装甲の前には、奇襲で多数の銃弾を一気に浴びせない限り火縄銃はほぼ無力である。だがただの人間が相手なら話は全く別だ。


 生身でも矢を叩き落とせる人間は大八洲には割と普通に存在する。だが鉄砲の弾を落とせる人間はいない。そしてそれを喰らえば、人間には致命傷となるのである。


「た、確かに……」

「とは言え、我がこのように応じることもまた、曉は分かっておるであろう」

「なれば……」

「……来たようだ」


 ゴンゴンと門を激しく打ち付ける音が響く。そしてその三度目と同時に門は破られ、無数の敵が雲霞の如くなだれ込む。


「晴虎を討て!!」

「晴虎様をお守りせよ!!」


 狭い門に密集した武士達に、晴虎の供回りは一斉に矢を放った。その一撃で、先鋒の者はほとんどが倒れた。


 しかしその死体を踏みつけ、次から次へと兵は濁流の如く押し寄せる。


「殿! 押さえ切れませぬ!」

「刀を持て」

「――はっ!!」


 弓矢だけで麒麟隊の勢いを止めるなど到底不可能であった。数分で門は突破され、伽藍へと敵が乗り込んでくる。


 それに対して晴虎の供回りは刀を持って白兵戦に臨んだ。晴虎本人も、得意の槍を持って人間の乱流の中に身を投じる。


 戦場は乱戦という言葉を具現化したような有様であった。敵も味方も入り乱れ、やたらめったらに斬りあっている。


「上杉四郞晴虎様とお見受けする!」

「我を討たんとするか」


 晴虎は槍を構える。晴虎に呼びかけた男も刀を構えた。


「いかにも! 我こそは齋藤伊豆守利龍! いざ!」

「……よかろう」

「お命頂戴致す!」


 齋藤伊豆守は神速を以て跳び、たちまち晴虎の槍の間合いの内側に入った。これで春虎には為す術もない。彼は勝利を確信し、その首に斬りかかろうとした。


「図に乗るな」

「な……に……」


 しかし、流れ落ちた血は晴虎のものではなかった。晴虎は目にも止まらぬ早さで槍の穂先を手元まで引き寄せると、齋藤伊豆守の腹を貫いたのである。


 彼は倒れた。しかし、そこにいる男が晴虎であると分かった武士達は一斉に晴虎に襲いかかってくる。


「奴が晴虎だ! やれ!」

「晴虎様!!」

「案ずるに及ばず」


 晴虎は槍を振り、宙を斬り裂いた。たったの一振で三人の武士を鎧ごと斬り裂いていた。


「な、何だと……」

「奴を討てば天下に名を馳せられようぞ! 怯むな! かかれ!」

「「「おう!!!」」」


 なおも数十の兵士が晴虎を討たんと詰め寄ってくる。しかし、晴虎の槍の穂先より晴虎に近づけた者は誰一人としていなかった。


 晴虎の前には死体が転がり山となった。だが圧倒的な物量の差はどうしようもなく、晴虎はじりじりと追い詰められていく。


「お味方も残るは僅か! これ以上は……」


 気づけば供回りの者は殆どが動かなくなっていた。生き残っている者は五十に満たないが、敵は一万を超える。


「…………」

「かくなる上は、我らが時を稼ぎます故、どうぞご自害を……」

「で、あるな……。そなたらには来世で詫びねばならぬな」

「我らは最後の最後までお仕え致します」


 晴虎は槍を持ち、ほんの数人の小姓だけを連れ、本堂の奥へと逃れた。そして供回りの者は建物の中へと下がり、最後の抵抗を演じる。


 生き残ることを捨て少しでも多くの敵を殺すことを覚悟した彼らの抵抗は凄まじく、麒麟隊も二十分以上の足止めを食らった。


 彼らが全滅するまでに稼いだ時間は、晴虎にとっては十分過ぎるものであった。

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