挙兵
ACU2312 8/19 マジャパイト王国 ゴア島
その日、長尾左大將朔は、ゴア島の酋長と会談(という名の脅迫)に臨んでいた。彼女は一人だけだが、誰もそんなことで安心はしないだろう。
「――即ち、我らは今、兵糧と人足を必要としてございます。酋長様には是非とも、大八洲にご協力頂きたいのです」
「そうは仰りますが……これほどの兵糧を供出すれば、我らの民は飢えてしまいます。どうか考え直しては頂けないでしょうか……」
大八洲軍は大兵を動かすにあたって、兵糧が不足していた。そしてついに現地調達という最終手段に出たのである。
晴虎は当初難色を示したが、兵を飢え死にさせることは出来ず、渋々とこの方針を承認した。
「いいえ、なりませぬ。何としてでもこれだけな兵糧をご用意下さいませ」
「し、しかし……」
「この大戦、大八洲は――いえ、東亞は勝たねばなりませぬ。我らが負ければ、あなた方も含め、我らは皆、白人共に奴隷と成り果てるでしょう。それでもよろしいのでございますか?」
「……恐れながら、我らはつい数年前までヴェステンラントの軍門に下っておりましたが、これほどに多くを要求されることはありませんでした。私にはあなた方の言葉が信じられません」
「……今は戦の時。暫しの辛抱の時にございます。我らが白人を東亞から追い落とした暁には、皆様方は良き暮らしを送れるようになるのでございます」
「しかれども……」
「ならば、あなた方を征伐せねばなりません」
「…………」
大八洲は窮していた。こうして現地人を苦しめ物資を調達したければ、戦争遂行も困難なのだ。だが、敗北すれば東亞の全てが白人の植民地となるのもまた確か。ゴア島の酋長は結局、朔の要求を呑むことにした。だが有色人種の間で確実に軋轢が広がっていた。
そしてそれは火を噴くことになる。
〇
ACU2312 8/19 マジャパイト王国 ゴア島 本善寺
大八洲の巨大な文化的影響を受け、大八洲と敵対していたマジャパイト王国にも多数の寺が存在する。その一つがこの本善寺である。
異国の地の上で、寺は大八洲人にとってはやはり居心地がよい場所である。晴虎もここを一時の宿泊場所に選んでいた。
大八洲に友好的な酋長を集め酒宴を開いた後、晴虎は静かに寝床についていた。しかし、休む晴虎に近寄る男があった。刀を一本だけ携えた男は、息と足音を潜めながら、ゆっくりと晴虎に近づく。そして彼のすぐの横に到達し、刀を振り上げた。
「不届き者め」
「何!?」
だがその瞬間、晴虎の目がかっと見開いた。そして次の瞬間、晴虎は目にも止まらぬ早さで傍にあった刀を握ると、鞘に収めたまま振り下ろされようとした男の刀を吹き飛ばした。
晴虎は起き上がり、鞘から刀を抜くと、腰を抜かした男に切っ先を向けた。
「そなた、何者の手先か」
「……それは言えません。我が主にそう命じられておりますので」
「その首が飛んだとしてもか!」
晴虎は切っ先を男の首に触れさせた。血が細く流れ落ちる。
「はい。この命、我が主に預けておりますれば」
「……そなたは忠義者であるな」
晴虎は語気を和らげ刀を収めた。
「……謀反人を殺さぬと申されますか」
「これは謀反とは言わぬであろう。元はと言えば、我がそなたらを苦しめたことが原因。これは、我の罪なり」
「ありがたき幸せ……」
「そなたは去れ。直に供回りの者が来る」
晴虎は暗殺者をみすみす逃した。そして怖気付くこともなく、再び眠りにつこうとした。だが、彼の眠りを妨げるものが再び。
「……騒がしい」
静謐を保つべき寺で、何やら喧騒の声が聞こえる。これには晴虎も実力行使を厭わない。
「誰ぞある」
「はっ」
「下郎共が騒いでおるようだ。鎮めて参れ」
「ははっ!」
刀だけを持ち鎧兜は纏っていない供回りの者を向かわせようとした晴虎。しかし、彼らが立ち去ろうとする寸前、晴虎はそれを引き止めた。
「待て」
「は、何でしょうか」
「これは……ただの下郎に非ず。武士共が闊歩していると見える」
「ここに我ら以外の者が?」
「で、あるな……」
不思議そうに、そして非常に嫌な予感を心の中に持ちながら、晴虎は寝床の襖を開けた。
そしてその先に見えたのは、視界の端から端まで埋め尽くす大量の軍旗であった。寺を囲う壁越しに、同じ意匠を持った数千の旗が見える。
「あれは……麒麟の紋! 曉様です!」
「し、しかし、麒麟隊が何故にかようなこたを……」
「決まっておる。謀反であろう」
晴虎は一欠片の動揺すら見せず、説法をする坊主のように言った。
「謀反…………」
その言葉に、供回りの者共に緊張が走る。麒麟隊の兵力はおよそ一万、対してこちらは三百程だ。いくら軍神がいても、勝ち目はない。
謀反などというものは絶えて久しい大八洲であるが、彼らはたちまちその状況を把握した。
「どうなされますか……?」
「そなた達は直ちに我が子忠虎を救いに参れ。何としてでも逃げおおせるのだ」
上杉の血を絶やさないことこそ肝要。晴虎は逃げられないだろうが、その子ならば或いは。
「では、殿はどうなされるのですか?」
「……是非に及ばず」
「と、殿……」
晴虎は寝室に備えてあった槍と弓矢を取った。
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