第三十二章 謀叛
帰郷
ACU2312 7/10 大八洲皇國 陸奥國 千代城
時は戻り、日出嶋での激闘からおよそ一週間が経った頃。
先の激闘で大きく損耗した大八洲軍はその建て直しの為に、前線を維持するのに最低限の兵力だけを押さえに残し、多くの大名を帰国させていた。
伊達陸奥守晴政もこの例に漏れず、本拠地である千代城に戻っていた。
因みに、鬼道を効果的に使うことでこの世界の帆船はかなりの速度で航行することが出来、安全が確保されていれば、遥か南洋の日出嶋から陸奥まだ七日もあれば到達することが出来る。
「ああ……陸奥はよいものだ……」
鎧兜は脱ぎ捨て、晴政は畳の上のどっさりと倒れ込んだ。
長きに渡る南洋への遠征は苦難の連続であった。その中でも最も厳しかったのが、その激烈な気温と湿気である。それと比べればこの陸奥は極楽浄土のように感じられた。
「左様ですね、晴政様。多くの将兵が、ここに戻ってこられたことを喜んでおります」
片倉源十郎は堅苦しく正座をしたまま言った。晴政は今、全ての兵に故郷へ戻って休むことを認めている。今この瞬間に動かせるのは数百人の警護の兵くらいなものだ。
屈強な武士達もこの暇を大いに喜び、一番槍を競うかのように一斉に生まれ故郷へと戻っていった。
「源十郎、ここには家臣もいないのだ。もっとくつろげ」
「晴政様と成政様がいらっしゃいます。主君に礼を失する訳には――」
この居間にいるのは晴政、源十郎そして晴政の弟成政の三名だけだ。気心の知れた古い友人達である。
「休めと、お前の主君が命じているのだ」
「……はっ。なれば休ませて頂きます」
源十郎は刀を置いて姿勢を崩した。命じられれば従うのが家臣の為すべきことである。
「さて、兵達は半月ほど休ませてやるとして、その後はどれほどの兵を用意出来る?」
晴政は源十郎に尋ねた。
「はい。ここ二年ほどで我らは多くの兵は失ってしまいました。動かせるのは一万で精一杯かと」
「どこだって同じような感じだろうから、気を落とすことはないぜ、兄者」
「気を落としてなどはおらぬ。一万もあれば十分だ」
「……何に十分なのでしょうか?」
「何であろうな」
晴政は不敵に笑った。こんな会話、人に聞かれたら簡単に謀反の疑いを晴虎などに告げ口されるだろう。
と、その時、大きな烏のような影が飛び込んできた。
「おお、桐。どうした?」
伊達家の侍大將、鬼庭七石桐は、伊達家の首脳がだらしなくくつろいでいるのも気にせずに晴政に近づく。
「今日も晴虎様が黑鷺城を発ったそうよ」
「ほう。また諸大名に率いに行ったのか」
「ここ最近、晴虎様はマジャパイトと日出嶋を行ったり来たりだよな」
成政は神妙そうに言う。晴虎は諸大名を統制し、出来るだけ多くの大名を最前線に動員するべく、文字通りに東奔西走していた。
「征夷大將軍ともあろう方がこのようにあちらこちらを行き来しているのは、あまりよいこととは思えませんね」
「まあ、威厳ってやつがなくなっちまうからな」
最高指導者があちこちを走り回っているというのは、あまり外聞のよいものではない。総大将はあくまで後ろでどっしりと構えるべきだろう。
「それに、誰ぞが晴虎様を討つことも容易であろうからな」
「晴政様……」
「こいつ、また馬鹿なこと言って……」
桐は頭を抱えた。確かに晴虎が少数の供廻りだけを連れて南洋の島々を走り回っており、襲撃を仕掛けるのは容易である。
「晴政様……やはり何としてでも晴虎様を討とうとなさっているのですか? 以前の日出嶋の海戦で気が変わられたと思っておりましたが……」
大八洲が大敗したあの海戦で、晴政はやるのなら正々堂々と反旗を翻すと決めた。
「……そうだな。やるならこの陸奥で旗を上げよう」
「本気か、兄者?」
「いずれは、だ。この戦は朝敵を討伐する為の戦。大八洲の大名が全て団結しかかるべきとは心得ておる」
「そうか……兄者も前よりは随分と丸くなったな」
実際、若き大名である晴政にとって、この戦争が初陣である。初めはまだ若武者であったが、多くの大名と共に戦い、角は取れたのかもしれない。
「なれど、我が野望は消えてはおらぬ。いずれヴェステンラントを成敗した後には、ここで旗を上げようぞ」
「その時は、この源十郎もお共致します」
「もちろん、俺もだぜ、兄者!」
「……その時になったら、あんた達全員殺して伊達家を守るわ」
伊達家は長年の婚姻政策で家督を継ぐことの出来る人間が多い。これは家督争いが多発する危険性を孕んでいるが、同時に伊達家そのもんが途絶える可能性はかなり低い。
ここにいる晴政と成政が死んでも伊達家は存続するだろう。
○
ACU2312 8/19 マジャパイト王国 ゴア島
それからまた一か月後。晴虎は最前線である日出嶋へと向かっていた。晴虎自身は数百の供廻りだけを連れているが、それと並行していくらかの大名家が日出嶋へと向かっていた。その中には伊達家も含まれている。
自身は大軍を率い、いくつか島を渡れば裸同然の晴虎がいる。ここまで謀反を起こすのに理想的な状況が、後にも先にもあるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます