イジャスラヴリ大空襲Ⅲ
イジャスラヴリ伯など伯爵領の要人を逃がした後、飛行魔導士隊はイジャスラヴリの消火に全力を注いだ。
とは言え、彼女らの力も微々たるものであった。役に立つのは水の魔女、土の魔女、木の魔女だけである。水、土の魔女は水と土をかけることで火を直接的に消し、木の魔女は建物を破壊することで炎が広がるのを抑える。
当初の計画はこれであった。しかし――
「隊長! あまりにも燃えている建物が多く、壊すべき建物を選ぶことが出来ません!」
リスのような少女、アンナ副長は言った。火の魔女であるエカチェリーナ隊長と金の魔女であるアンナ副長は消火活動の役には立たず、上空から飛行魔導士隊を統制することに全力を注いでいる。
さて、太古の昔から取られる、燃えている建物の周囲の建物を破壊し延焼を防ぐ戦法。これはあまりにも多くの建物が燃えているせいで何の意味もなさなかった。
どの建物をどう破壊しようと火の手を封じ込めることは出来ない。ならば残った手段は直接に火を消すことである。が――
「最早、火を抑えるのは不可能か……」
いつものように神への感謝を述べることも忘れ、エカチェリーナ隊長は苛立ちを隠せない。
「はい……とても我々だけでは……」
個々の力では地球の消防車を超える能力を持った彼女らだが、都市一つが一斉に燃えているのを20人程度で消しきるのはとても不可能であった。正直、飛行魔導士隊がいくら奮闘したところでこの大火災が収まることはないだろう。
「……だったら、大通りの沿った建物だけを消化しなさい! 少しでも民が逃げられるようにするのよ!」
「は、はい!」
せめて逃げ道さえ確保すれば、民の犠牲は少なく出来る。それでも逃げ切れる者は少ないだろうが。
飛行魔導士隊はエカチェリーナ隊長の指示に従い、主要な通り沿いの建物の消火、破壊に努めた。そうして出来たほんの僅かな安全地帯を通り、多くの民が市外に逃れることが出来た。
「あら、あれは……」
「あれは……イジャスラヴリ伯の兵が民を助けているようですね」
ダキアの軍服を纏った人々が、燃え落ちた建物から人々を助け出していた。
「彼らも頑張っているようね……とは言え、一部の者だけのようだけれど」
「仕方ありません。ゲルマニアがここまでやるとは……誰も思わなかったのですから」
「ええ。分かっているわ」
市内に駐屯していた部隊の一部が自発的に救助活動を始めていた。とは言え、それは余裕のあったほんの一部の部隊だけで、大半の部隊は自分の命を守るだけで手一杯だった。
依然として組織的な行動が可能なのは飛行魔導士隊だけだと言ってもいい。
「彼らの手助けはしないのですか?」
「……そうね。まだ焼け跡に生き残った者がいるかもしれない。手持無沙汰の魔女は、崩れた家に人が残っていないか確かめなさい!」
「はいっ!」
大した効果はないだろう。だが少しでも命を救えるのならば、それがいい。
市民は必死で生き残る努力をし、兵士と魔女は必死で人々を助けようとした。だが人の力には限界があった。都市は焼け野原と化し、多くの民が焼け死んだ。
その火が全て消えたのは3日後、恵みの雨が降った日であった。
○
「これが、イジャスラヴリか……」
親衛隊を率い大急ぎで訪れたホルムガルド公アレクセイは、まずイジャスラヴリを見て言葉を失った。つい先週まで華々しく栄えていた都市は、一夜にして廃墟の群れと化した。
「…………ともかく、今は罹災者へ公の手助けをせねばならない」
「はい。それについては、何卒殿下に……」
イジャスラヴリ伯には、自力でこの都市を復興させられる力はなかった。故に、アレクセイに乞食のように援助を頼み込むしかなかった。
「もちろんだ。殿下には周辺の全ての貴族に応援を命じて頂けるよう、お願いしておく。それと親衛隊も全力で手助けをしよう」
「ありがとうございます……我々が非力なばかりに……」
「そんな社交辞令で時間を浪費している暇はない。まずは被害状況の調査と家を失った市民の数を把握してくれ。それは貴殿にしか出来ないことだ」
「はっ! 既に取り掛からせております!」
こういうことがあったら被害状況を把握するのが先決と、ダキアは既に学んでいる。イジャスラヴリ伯はその原則に従って全力で調査を行っている。
「おお。ならば、既に被害は把握出来ているのか?」
「はい。人的損害で言えば、8,000人が死亡、3万人が負傷しています。また、市街地のうち7割が完全に燃え、最終的には12万の市民が家を失い、質素な避難所で生活を余儀なくされています」
「市民の、25人の1人が死んだということか。それに6割が家を失っている……」
「はい。これほどまでに苛烈な、民衆を狙った攻撃は、ここ三百年ほどで例がありませんな……」
「ともかく、まずは外で暮らさざるを得ない市民へ、食べ物、衣服、暖かい避難所を与えねばならない。その為にも周辺の諸侯への働きかけはしておかねばな」
「ありがたき幸せ……しかし、まだ夏でよかったですな」
「冬と比べれば百倍マシではあるな」
今は初夏である。人間もまだ野外で生きていける。最悪食糧さえ確保出来れば、死者が出ることは避けられるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます