黑鷺城決死の一撃
「後ろって……まさか、敵が城門を開けて出てきたとでも?」
「そ、そのようです!」
晴虎の合図はこれを命じるものだった。北條常陸守は大手門を開け放ち、全軍で打って出たのである。
「そんな馬鹿な……敵にそんな余裕は……」
しかしドロシアは釈然としなかった。大八洲のほぼ全軍がヴェステンラント軍を包囲しているというのに、城内に攻勢をかけられるほどの兵力が残っているものかと。
――私が見に行くのが早そうね。
「ここは任せたわ。私は後ろに行く」
「はっ!」
取り敢えず正面は落ち着いてきた。ドロシアが自ら指揮せずとも問題はないだろう。ドロシアは黒光りする翼を広げ、数十の護衛と共に空高く飛びあがった。
「なるほどね……敵は奇襲に全てをかけたみたい」
空から見れば戦況は一目瞭然であった。城内から打って出て来た大八洲兵は見るからに僅かな数である。ざっと見積もって千にも満たない程度であろう。
彼らは奇襲によって動揺を誘い、一気に陣を崩壊させることを目論んでいたのであった。
――でも、そんなことはさせないわ。
ドロシアには塹壕を一瞬で構築する力がある。それを使って最初の一撃をいなせば、奇襲などどうということはない。
全軍に奇襲を恐れることはないと伝え、陣形の黑鷺城に最後尾の向かって飛ぶ。そして魔法を軽く使って戻るつもりであったが――
「ここは通しません」
「あ? 誰よあんた?」
ドロシアの前に黒い装束を纏った少女がたった一人で立ち塞がった。立ち塞がると言っても彼女らは空中にあるが。
「わたくしは長尾右大將朔にございます。そして、あなたのお名前は存じております。ドロシア・ファン・ジューヌ様」
「朔……ああ、確か大八洲で最強の武士とかだったかしら」
「……その通りにございます」
始原の魔女イズーナに連なるヴェステンラント王家と同様、大八洲においても特異な力を継承する一族がある。それが長尾家であり、その長女が朔である。
今、この世界で最強と呼んでも差し支えない魔女同士が相対した。とは言えドロシアは大して気にかけていないようであった。
「で? そんなお偉い方がどうして私のところに?」
「決まっておりましょう。あなたが地を掘り仕寄を瞬く間に作るのを、食い止める為にございます」
仕寄とは塹壕のことである。ドロシアにまた同じことをされては北條常陸守の奇襲が失敗すると、大八洲勢にも分かっていた。
――私は直接戦うのは苦手だからな……
ドロシアは顔を僅かばかりしかめる。
土の魔女は直接的な戦闘に最も向いていない魔女だ。先の塹壕のように、他の部隊の支援を主とする。そしてその頂点に立つドロシアも、朔と比べれば戦闘能力は劣っていると言わざるを得ない。
「――まあいいわ。皆、かかれ! こいつを殺しなさい!」
ドロシアは護衛の魔女に朔を殺すよう命じた。彼女らは一斉に朔に襲い掛かった。
「ふん。遅いっ」
「何!?」
まず彼女らが放った炎や氷の槍の攻撃は、全て躱された。その様子はまるで烏のようであった。
「それでは、お命頂戴致します」
「っ!!」
空を縦横無尽に駆け回る朔。いつの間にか、ドロシアの護衛達に肉薄していた。そして刀を一閃させ、最小限の動きで命を刈り取る。
「馬鹿共! 白兵戦よ!」
「は、はいっ!」
護衛達は次々に剣を抜き、斬り合いに備えた。だがそれでも朔を食い止めることは出来なかった。朔の剣術は圧倒的であり、その二三太刀でどんな魔女も斬り捨てられた。
そして朔はドロシアに迫る。
「ドロシア様! お下がりください!」
「クソッ……」
ドロシアも自分の限界は知っている。朔には到底敵わないと認め、地上へと撤退した。護衛達もそれに続き、朔はそれ以上追わなかった。
「……時は稼げたようにございますね」
その頃、地上では両軍が乱戦状態に入っていた。こうなれば塹壕など意味はない。ドロシアの作戦を挫くことには成功した。
「後は、これでドロシア隊を崩せるか……」
まだ分からない。混乱はまだ一部にしか広がっておらず、大方の統制は保たれている。この混乱を広げられなければ、大八洲の負けだ。
○
「首など斬り捨てよ! 敵陣の奥深くにまで突き進め! 勝った勝った!」
「「「勝った勝った!!」」」
地黄八幡の旗を掲げ、黄に統一された甲冑を纏う北條勢。手勢千五百ばかりを率い、一万のヴェステンラント軍に突撃した。
大名であるのに最前線で勝った勝ったと連呼しながら突撃する晴氏の姿は、ヴェステンラント兵を畏怖させるに十分であった。ヴェステンラント兵は次々と道を開け、北條軍は更に奥へ奥へと進撃する。
彼らの目的は敵に損害を与えることではない。それは正面の武田軍の仕事。とにかく敵の奥深くへと攻め込み、敵の陣形を乱しに乱すのが彼らの役目である。
とは言え、この兵力差はいかんともしがたい。
「クソッ……やはりこの数では、勢いも失われるか……」
進めど進めどヴェステンラント兵。圧倒的な数の差の前に、彼らの勢いも失われつつあった。
「お味方、次々に討ち取られております。やはり我らだけでは……」
「それでも進むしかねえ! 勝った勝った!」
この間に武田樂浪守が何とかしてくれることを信じて、晴氏は進み続ける。
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