逆包囲Ⅳ

 それから数十分。各方面で大八洲軍とヴェステンラント軍の戦闘が続いた。その中でも特に激戦となったのが、東方面の晴政とシモンの戦いであった。


「晴政様、敵の抵抗は激しく、我が方押しきれてはおりませぬ」

「……何故だ? 奴らは戦に出たこともない連中が大半だと聞き及んであったが、それは誤りか?」

「いえ、それについては間違いはないかと」


 今相手にしている者は確かに新米の将軍と兵士である。


「であれば、何故に抜けぬのか?」

「それは……どうも敵は、最後の一兵となるまで戦い抜く覚悟であるようです」

「何?」

「敵は我らの兵の前に逃げも隠れもせず、侍大将がいくら討ち取られようと一向に気にしていない様子。その兵も、武具を失おうと殴りかかってくる始末です」


 普通の戦闘では、一方に圧倒的に勢いがあればもう一方は退散し、兵の損害は寧ろ少なく済むものだ。だが彼らは違った。この戦いはまるで、ヴェステンラント兵が自ら人間の壁になろうとしているようであった。


 ヴェステンラント兵は周りが敵だらけでも死に物狂いで戦い、大八洲の武士を一兵たりとも通さないつもりである。


「晴政様、彼我にはそもそも倍の兵力差があります。それでこのように激しく抵抗されれば、これを崩すのは難しいかと」

「クソッ……負けはせぬが勝てもせぬか」

「そういうことです」


 勢いは明らかにこちらにある。戦場の様子は一方的な殺戮と言ってもいいものだ。だが目につくヴェステンラント兵の全てを殺さねば戦線の突破は不可能。


 東方面に限って言えば、伊達勢は必ず勝てる。だが大きな目で見れば、時間を稼がれた時点で負けている。晴政は苦虫を嚙み潰したような顔をして戦場を見据えた。


「どうする、兄者? このままではどうにもならないぜ?」

「どうしようもない。奴らがあんな狂ったように暴れまわっていたら、我らにはどうしようもない」

「兄者にしては弱気じゃないか」

「此度ばかりは実にどうしようもないのだ。こんなものどう潰せというのだ?」


 そもそも倍いる敵を殺し尽くすには、一体どれだけの時間がかかることか。


「このような事態を読めなかった、私の不足でした」

「源十郎のせいではない。誰もヴェステンラントがここまでするとは思うまい」

「……起こってしまったことは仕方ありません。ここは晴虎様にお伝えし、次に手を打ってもらわねばなりますまい」

「そうだな。源十郎、頼んだぞ」


 こういう不測の事態になった時でも何とかするのが、総大将である晴虎の役目である。


 ○


「晴虎様、伊達陸奥守様が苦戦しているようにございます。このままでは……」


 朔は苦し気な表情で報告した。晴政が陽の軍を突破出来なければ、全軍が真正面から敵と打ち合うことになる。いくら精強な大八洲兵でも、大規模な包囲をしている状態とは言え真正面から倍の敵と戦うのは厳しい。


「朔、他の者の様子はどうだ?」

「はっ。武田殿、毛利殿、曉も含めまして、全て我が方が優勢にございます。されど、やはり敵は多く、押しきれるかは……」

「で、あるか……」


 晴虎には聞くまでもないことではあったが、一応は尋ねた。どちらかと言うと他の将に聞かせる為の会話であった。


 今のところは全方向で大八洲軍が優勢である。とは言え、こちらも確実に消耗している。どちらが先に息切れするかと言われると、よく見積もっても五分五分と言ったところだろう。


「ど、どうされますか? このままでは勝てても負けても、我らは多くを失いましょう」

「今ここで退けば、我らは黑鷺城を失うばかりか、背後を突かれ討ち死にする者は限りなかろう。故に、退くことはあり得ぬ」

「そ、それで……いかがなされましょうか……」

「この手は用いたくはなかったが……狼煙を上げよ! 天高く狼煙を上げよ!」

「は……はっ!」


 そんなことは誰にも知らされていなかったが、狼煙の用意くらいいつでも整えている。直ちに晴虎の命じた通りに狼煙が上げられた。


「晴虎様、この狼煙にはいかなる意味が……」

「直に分かることだ」

「は、はあ……」


 晴虎は珍しく秘密主義であった。


 ○


 その頃、黄公ドロシアは赤備えの武田隊と熾烈な戦いを繰り広げていた。


「クソ……耐えるだけで精いっぱいね……」

「仕方ありません。やはり彼我には相当な練度の差があります」

「嫌でも思い知らされるわね……」


 これまでは晴虎による大胆な挟撃を受け、練度の差を考えるまでもな壊滅させられてきた。だが真正面から殴り合う状況でもヴェステンラント軍は負けそうだ。その事実は聞くだけで嫌になる。


「とは言え、このまま耐え抜ければいずれは……」


 確かに大八洲軍の勢いは凄まじい。だがそれは、倍の兵力差の中でもよく戦っているということに過ぎない。損耗比はおおよそ1対1であり(まあこの時点でおかしいが)、このまま戦い続ければ先に力尽きるのは向こうだ。


 実に情けない戦い方だが、このまま戦闘を続行すればいずれ勝てる。ドロシアにはその自信があった。


 だが――


「殿下! は、背後より、背後より敵が押し寄せております!!」

「は……? う、後ろに敵なんている訳……」


 全く信じ難い報告が飛び込んできた。

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