逆包囲Ⅲ
続いての攻め口は北。長尾右大將曉が率いる麒麟隊が配属されたその方面は、正直言ってつまらないものであった。
「曉様、敵の陣形は乱れつつあります」
「そう。とっとと突き崩しなさい」
「はっ。……その、どうなされましたか?」
「どうしたって何がよ?」
「何と申しますが、あまりお元気がないようにお見受けします」
「元気って……でもまあ、そうね」
いつもなら白人を殺すことを楽しそうに命じる曉。だが今日は、つまらなそうにしながらぼそぼそと兵を指揮していた。
まあ用兵の上では倍の兵力差がありながら優勢であり、何も問題はないのだが、曉の家臣達は何があったのかと案じていた。
「この方面、敵も味方も本腰を入れていないわ」
「と、申されますと……」
「兵力はどちらも一番小さいし、ヴェステンラントの大公はここを家臣に任せている」
黑鷺城の北側は、この戦闘で最も軽んじられている戦場であった。ヴェステンラントの大公はそれぞれ他の方面を担当し、陽の国の重臣がこの方面を指揮している。
「そ、それは……」
「まあ誰かがこっちを担わねばならないのは分かるけど……ね」
曉は寂しそうに零した。
「それは……」
「あんたはどう思うのよ、明智日向守?」
「私は……麒麟隊は連戦で兵を損ねておりますし、敵の兵力が少ないところにあてがわれるのは、正しいご決断かと……」
「……そうね。まあいいわ。私達は白人を殺すだけよ」
「はっ!」
特に支障はなく、麒麟隊は攻撃を続けるのであった。
○
最後、東を担当するのは伊達陸奥守晴政である。相対するは陽の国の軍勢。長年の戦いでそれなりに練度が増してきているヴェステンラント軍の中では、新兵の集まりである。
そんな寄せ集めに一方面を完全に任せるとは、ヴェステンラントの配属は稚拙である。
「伊達の軍法、見せてくれよう。かかれ!」
晴政の号令で、漆黒の鎧を纏った武士が一斉に突撃を開始する。
まずは矢を互いに放ち、その後は乱戦に至る。乱戦の先鋒は騎馬隊が勤め、それで敵の先鋒を崩した後、歩兵を突入させ敵を壊滅する。
まあ全軍が騎馬隊であればそれに越したことはないのだが、そんな数の馬は用意出来ないから、このような二段階の戦術を取っている。
「――桐様より報告です。敵の陣形は崩れております」
片倉源十郎重綱は、空から戦況を眺めている鬼庭七赤桐から伝えられた戦況を報告した。
「よくやった、源十郎」
「私の手柄というわけでもありませぬが……」
いつもは前線で刀を振っている晴政も、今回は後方で陣を構えている。多数の城門を同時に攻略するべく部隊を分け、それらを纏めて指揮しているからである。
「よし。なれば全軍を押し出せ! 敵を踏みつぶすのだ!」
「はっ!」
敵は戦に慣れていない兵ばかり。真正面からの突撃を指示するだけで容易に突き崩せるだろう。
「このまま敵を壊滅させれば、次は味方の援護だな」
晴政の弟、伊達兵部成政は言った。
「ああ、そうだな。その為には、まずはとっととこいつらを滅ぼさねばならぬ」
「やってやるぜ、兄者!」
やはり倍の兵力差がある中で、全ての戦線で勝利を掴むのは難しい。それは晴虎も分かっていたこと。
故に、まずは敵の弱点を突破し、そこから左右の敵に横槍を入れ順次壊滅させる。それが晴虎の作戦であり、要とも言えるその役を晴政が任せられていた。
「あまり時をかければ、味方の損害も大きくなろう。全軍に改めて急がせよ」
「承知しました」
「おうよ!」
伊達軍は陽の国の軍を壊滅させるべく、総攻撃を開始した。
○
「殿下! 敵の勢い凄まじく、既に先鋒は突破されました!」
「そうか……やはり我らでは厳しいか……」
陽公シモンには次々と絶望的な報告が入ってくる。大八洲軍の騎馬隊による突撃は武田の赤備えでなくとも十分に強力であり、その衝撃を受け止めることは出来なかった。
「殿下……このままでは敵が押し寄せ、我が方は総崩れとなってしまいます……」
「そんなことになれば……くっ……」
シモンも無駄に歳を食ってきた訳ではない。まさか本当に使うとは思わなかったが、軍学の知識は大公として十分に持ち合わせている。
そしてそんな彼には理解出来た。ここが崩れれば芋づる式に全ての部隊が壊滅させられるであろうことに。そして大八洲がそれを狙っているであろうことに。
「我らは、何としても耐えねばならぬ。断じて敵が他の部隊に食らいつくことを許してはならぬ……」
「しかし……」
敵の狙いが分かったところで何かが出来る訳ではない。そもそも勝利を確信して大八洲軍は攻勢をかけているのだ。
「こうなれば……我らに出来ることはひとつしかない」
「と仰いますと……」
「……この場を死守するのだ! いかなる将にも撤退は認めない! 最後の一兵となるまで戦え!」
「そ、そんな……いえ、承知しました。直ちに全軍に伝えます」
「ああ…………」
実戦経験のほとんどないシモンに、陣形を建て直して敵の攻撃に備えるとか、敵を上手く挟撃するとか、そういったことは出来なかった。
ただ死ぬまで戦えと命じることが、彼に唯一残された手段だった。
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