逆包囲Ⅱ

「や、山縣様、いかがなされますか!?」


 山縣隊は今、敵の砲火の真ん中に取り残された。直線的に真正面からしか飛んで来ない弩の矢を叩き落とすのはそう難しくないが、やはりここで立ち止まっている訳にはいかない。


「一度お味方の許へ引き上げられまするか……或いは……」

「引き上げはせぬ! 我らはこのまま、敵陣へと突撃する!」

「し、しかし前には空堀が……」

「空堀など飛び越えればよかろう。その程度のこと、そなたらに出来ぬわけがあるまいな?」

「で、ですが……」


 確かに馬術の修練の一つとして、馬を使った障害物競走のようなものはあるにはある。


 とは言え、それはあくまで馬を上手に操る為のものであって、その技能そのものを習得することは目的ではない。それにこんな戦場のど真ん中でやるものでもない。


「出来ぬと申すか?」

「い、いえ、承知! これより突っ込みます!」

「よし! かかれい!」


 ぶっつけ本番であったが、赤備えの騎馬隊は空堀に対して猛然と突撃を始めた。ドロシアが騎馬隊の妨害に置いた土塁も、彼らにとってはいい踏み台である。


 そして堀は目前に迫った。


「飛び越えよ!」

「どうなっても知らん! 行けえ!!」


 そして彼らは飛んだ。ほんの僅かだけ飛びあがり、ほとんど地上を駆けるがごとくに堀を乗り越えた。


「い、行けた!」


 彼らの大半は難なく堀を飛び越えた。


「よし! このまま突っ込め!」

「「おう!!」」


 そして飛翔した勢いのまま、ドロシアの率いる本陣へと突入した。


 ○


 一方、後方で控える武田の大将、武田樂浪守信晴から見ると、この状況はあまり好ましいものではなかった。


「山縣……気を急いておるな……」


 信晴は深刻そうな顔で呟いた。


「お館様、あまりご気分の優れない様子とお見受けしますが……」

「後詰を出せねば、いくら騎馬隊を押し出したとて意味はない。このままでは山縣が……」


 結局のところ、騎馬隊の役割は敵の先鋒を突き崩し、その陣形を瓦解させることにある。それだけで戦を制することは出来ない。


 敵を崩した後に後詰の部隊を押し出さねば、やがて陣形を立て直した敵に押しつぶされるだけである。問題は、この後詰が堀に阻まれて押し出せないことである。


「山縣を見捨てる訳にはいかぬ。直ちに全軍を押し出せ!」

「は、はっ!」


 武田にして軍略の欠片もない采配だ。だが山縣隊を無下にしない為には、そうせざるを得なかった。


 ○


 一方その頃、毛利周防守元久は東門へ攻撃を仕掛けさせていた。ヴェステンラントで東を担当するのは青の国、即ちあのシャルロットがいるかもしれない部隊だ。


 伊達陸奥守はここを担当させてくれるように頼んだのだが、晴虎は断固としてそれを認めず、ここを担当するのは元久となった。


「殿、お味方は優勢にございます」

「うむ。それでよい。はかりごと多きは勝ち、少なきは負ける。この戦、初めより勝敗は決まっておる」


 元久は、武田樂浪守、嶋津薩摩守と並んで唐土征伐を戦い抜いてきた老獪な武将である。彼にしてみれば、この状況で奇策や秘策を弄する必要などどこにもない。


 大八洲勢がヴェステンラント軍を囲い込んだ時点で勝敗は決したも同然。後は敵に奇策を用いる隙を与えぬよう、ただ正攻法で正面から押し寄せればいいだけだ。


「しかし、敵には例のシャルロットなる者がおるやもしれません。これはお気を付けにならねば……」

「うむ。噂をすれば、来たようだな」

「は? き、来た!?」


 隆久の本陣に、大公家の人間にしてはあまりにも質素な格好をした少女が乱入して来た。血塗れになりながらも怪我をしている様子すら感じられない彼女は、間違いなくシャルロットであろう。


「み、皆の者、殿を守るのだ!!」

「間を取り、陸奥守の寄越してきた弓で彼の者を射るのだ」

「はっ!」


 シャルロットが降り立つと、たちまち数十名の武士が彼女を囲んだ。それらは一様に弓を番えている。


「ふふふ、少しは戦い方を考えたようね」


 シャルロットの武器はその刀のように長い爪だけ。距離を取れば恐るべき相手ではない。


「ふ、それが謀というものよ。放て!」


 元久の号令で、一斉に矢が放たれた。その矢にはことごとく鉄の鎖が結び付けられ、シャルロットの体を貫き、地面に固定した。晴政がシャルロットを殺す為に考え出した武器である。


 そして聞いていた通り、体中を鎖で貫かれようと、シャルロットは痛がる素振りすら見せなかった。


「なるほど。あの伊達陸奥守とかいう奴の入れ知恵ね?」

「いかにも。お主はこれで、我らに手を出すことも出来まい」

「それはどうかしら?」


 シャルロットは不気味な笑みを浮かべた。すると彼女の首がするりと体から落ちた。


「な、何!?」

「皆、落ち着くのだ」

「落ち着いていられるかしら?」

「!?」


 その首が地面に落下する寸前、首から体が生えた。シャルロットは鉄の鎖による拘束をまんまと抜け出したのである。


「と、殿!」

「このくらいは読めておるわ。次、放て!」

「何?」


 次の瞬間、またしても十数の鎖がシャルロットを貫いた。


「へ、へえ……そこまでやるとはね……」

「首さえあれば生き返るというのは、既に分かっておること。同じ手が我らに通じるとでも思うたか?」

「ちっ……どいつもこいつも……。帰るわ」


 シャルロットはまた首を落として鎖から脱出すると、そのまま自陣へと飛んで帰っていった。

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