第二十九章 東部冬季大攻勢

作戦前夜

 ACU2312 2/13 神聖ゲルマニア帝国 アヴァール辺境伯領 カールスブルク


 ゲルマニアとダキアの国境地帯のうち、最も南側にあるゲルマニア軍の要衝がここ、カールスブルクである。この基地自体かなり国境に近く、この戦争で最も酷使されている基地の一つである。


 そんな基地が今回の攻勢の前線基地であり、シグルズの第88師団やオステルマン師団長の第18師団など、精鋭部隊が集結していた。


 因みに北から攻め込んだ軍団については、厳冬の中で敵も味方も動けず、正直言って放置されていると言った感じである。まあ仮に敵が攻め寄せてきてもメレンの防壁を突破することは不可能だろう。


「よし。全員揃ってるな」


 今回参加する師団の師団長達が会議室に集まっている。総勢20名を超える師団長が一堂に会するのは、なかなか見られない光景だ。


「私はこのBベー軍集団の司令官を拝命したジークリンデ・フォン・オステルマンだ。今回の作戦限りだろうが、よろしく頼む」


 この剛毅な女性――シグルズとの腐れ縁が切れない第18師団長が、ここに集った30万の大軍の司令官である。参謀本部もなかなか大胆な人事に踏み切ったものだ。


「こちらがB軍集団ということは、Aアー軍集団もあるんですよね?」

「ああ、その通りだ。A軍集団はローゼンベルク司令官が直々に率い、40万の兵力を率い、ダキアの真正面から侵攻する。とは言え、どちらかと言うとこちらが主攻だ。精鋭部隊を集めたのはこちらだし、我々の最初の目標はキーイだ」

「ありがとうございます」


 カールスブルクの目と鼻の先にはダキアの首都であるキーイがある。まあ目と鼻の先にあるから開戦と同時にメレンに遷都されたのだが。


 実際のところ、キーイを落としたところで軍事的にも政治的にも大した意味はないのである。とは言え、普段は首都として使われている都市を落とすことは、ダキア諸侯にそれなりの心理的な影響を与えられるはずだ。


「我々は、私の第18師団やシグルズの第88師団など数師団を除けば、新設師団ばかりだ。まあ色々と不都合もあるだろうが、新兵諸君は精鋭部隊を大いに頼ってくれたまえ」


 20個師団とは言え、その中身の多くは南部の諸邦から新たに徴兵された新兵である。参謀本部としては新兵を精鋭が先導する形で早々に実戦経験を積ませたいらしい。


「しかし、部隊の半分以上が実戦経験がないとなると……本当に大丈夫なのでしょうか……」

「まあ……確かに心配ではあるんだが、ここにいる精鋭は本物の精鋭だからな。何とかしてくれるだろう。な、シグルズ?」

「え、僕ですか?」

「ああ。帝国で一番有名な師団長がここにいるんだ。諸君、安心したまえ! ふはははは!」


 頼りにされているというよりは、いいように使われている気しかしないのだが。それにシグルズが有名なのは新兵器の実験師団を率いているからで、シグルズの統率力が秀でている訳ではない。


 そういう意味ではここにいるオステルマン師団長こそ頼りにすべきだろう。いや、こうやって士気を上げることが既に、彼女の策の内なのだろうか。


「さて、まあ大体やることは分かっただろう。何か質問は?」

「これだけで説明終わりですか……」


 シグルズは半ば諦めたような顔をしてオステルマン師団長に尋ねた。


「そうだな。まあ後はやってみなけりゃ分からないさ」

「はあ……では質問、いいですか?」

「何だ、シグルズ?」

「この攻勢は何を目的にしているのですか?」

「ほう。なかなか鋭い質問をしてくるじゃないか」

「作戦説明の時にまず言うべきだと思いますが……」


 シグルズは結局のところただの師団長でしかない訳で、参謀本部が内密に決めたことを知る由はない。


「そうだな……まあ目標は、ダキアを屈服させることだ」

「もう少し具体的なのはないんですか?」


 そんなことなら誰でも知っている。全ての行動はダキアを屈服させる為にあるのだから。


「具体的か……まあ具体的に言うと、今回の攻勢の目的は、本質的には我が軍の力を示すことにある」

「力を示す?」

「ああ。ダキアは徹底抗戦の構えだ。ダキアの全ての拠点を片っ端から落としていくようでは、一体何年かかるか考えたくもない。だからこそ、ダキアから降伏を申し出させる必要があると、参謀本部は判断した」


 簡単に言うとダキア人の心をへし折りたいのである。圧倒的な大軍がダキアの大地を蹂躙する様を見せつけるのだ。


「なるほど……とは言え、攻め込めるだけ攻め込んだ方がいいことには変わりはありませんね」

「そうだな。だが、ただ目標を決めて攻め込むより、難しいこともある」

「と言うと?」

「我々は帝国軍の圧倒的な力を見せつけねばならない。故に、敗北も撤退も、足止めを食らうことも許されない」

「なかなか厳しい条件で……」


 ダキア軍が足止めに成功すれば、まだまだ抵抗は出来ると息まかせることになりかねない。敗北など論外だ。


 故に今回の攻勢では、あらゆる抵抗を一突きで粉砕しなければならないのである。


「――こんなところだ。出撃は明後日。各員の武運を祈るぞ!」


 この雑な司令官の下、大攻勢は開始されるのであった。

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