大八洲の窮状

 ACU2312 1/25 黒尊国 大八洲軍本陣


「――それでは、我らは兵を引かせて頂きます。御免!」


 征夷大將軍上杉四郞晴虎に向かい、長曾我部土佐守はきっぱりと言い切った。


「待たれよ、長曾我部殿」

「……我が民が苦しむ姿をこれ以上放っておくことは、私には出来ませぬ」

「……で、あるか。相分かった。国元に戻り、民を休んじるが良い」

「それでは」


 百万石に届かないような中小の大名は既に、このような遠隔地での出兵に耐えきれず本国に兵を引き上げている。


 それくらいまでなら予想の範疇であったが、ついに百万石を上回る長曾我部家までもが負担に耐えかねて兵を退くと宣言した。


 こうして戦のひとつもしていないのに、大八洲軍の兵力は日に日に減少していた。


「よろしかったのですか、晴虎様。長曾我部殿が抜ければ、我らの兵は更に八千は減ること、ご存知でないことはありますまい」


 武田樂浪守信晴は言う。


「無論のこと。しかし、ここに残るは天下に名の知れたる大名の中の大名。それだけで、我には十分だ」

「本来であれば、一軍の将は常に勝てる戦を戦うべきもの。晴虎様の才に恃んで寡戦ばかり繰り返すは、とても征夷大將軍のすべきことではありますまい」


 たったの一度であっても、晴虎が負けてしまった。その事実は重く響く。


 これまでどんな劣勢でも晴虎なら勝てるだろうと、誰もが無意識のうちに思っていた。だがそれが一度覆れば、大八洲は極めて不利な戦争を強行しているという事実が浮き彫りになる。


「で、あるな。武田殿の言う通りだ。我は尭舜のごとき名君にあらず。故に、我に諸大名が付き従ってくれていることは、感謝している」

「……晴虎様は大八洲を統べるべきお方です。我らは力の及ぶ限り晴虎様に従いましょう。されど、いや、なればこそ、我らは晴虎様が無謀な戦に打って出るのを止めねばならんのです」

「で、あるか。武田殿の忠告は――」

「晴虎様、申し上げます!」


 その時、慌てふためいた伝令が本陣に駆け込んできた。


「どうした?」

「ヴェステンラントが、おおよそ五万の兵を大南大陸に呼び寄せたとのこと!」

「何?」


 歴戦の大大名もこれには焦る。ただでさえ兵力差は倍であったのに、それに大八洲軍と同じくらいの兵士が追加。


「どうやら、これで敵の兵は我らの三倍となったようだな」


 何かと伝説を残しがちな大名、嶋津薩摩守昭弘は、征夷大將軍にも同輩の様に話す。


「で、あるな」

「どうする、晴虎様?」

「それはこれから決めるべきことだ」


 晴虎は早速諸大名に諮問する。


「儂は籠城すべきと思うが、他の方々はどうだ?」


 武田樂浪守はいつも通りの保守的な策を提案した。


「この黑鷺城を使うか」

「はい。黑鷺城は元より、ヴェステンラントの侵掠から黑尊國を護らんが為に大八洲が建てた城。ヴェステンラント相手に籠城するは、その本分に他なりませぬ」


 黑尊國の王都を総構の城壁で覆った黑鷺城。


 都市をまるまる呑み込んだその広さは大八洲軍およそ五万を収容するには十分であるし、長年の内戦で大八洲が培った経験を盛り込んだ実戦的な城でもある。


 この城に立て籠もれば十年は耐えられるというのも、あながち大言壮語ではない。もっとも、黑尊國の兵が戦わずして城を明け渡したせいで、黒鷺城の初陣はおよそ二時間で陥落という悲惨なものだったが。


「籠城、ですか。馬鹿馬鹿しいとしか言いようがありませんな」


 伊達陸奧守晴政は、信晴を挑発するように言った。


「伊達の子せがれが……」

「そもそも籠城とは、味方の援軍が来るまで時間を稼ぐべく行うこと。我らに援軍などありますか、武田殿?」

「諸大名がマジャパイトに兵を集めれば、我らとは別に8万は集められよう。それまで時を待つのだ」

「晴虎様もなく、諸大名が動くと?」

「ぬ……」


 今回は信晴に形勢が悪いようである。征夷大將軍が自ら出陣したからこそこんな遠くにまで出兵することが出来たが、それなしに諸大名が動くかと言われれば、否と言わざるを得ない。


 それに最近では唐土の方で不穏な動きが続き、上杉の軍勢を大きく動かすことも出来ない。


「なればいっそのこと、マジャパイトにまで全軍を下げるのはどうか? それなら晴虎様もおられ、多くの大名もそこまでなら――」

「ならぬ。それは断じてならぬ」

「晴虎様……それは何故に?」


 伸びきった戦線を整理する為に、意図的に前線を後退させる。戦略的に見れば至極真っ当な事なのだが、晴虎は受け入れる気もないようであった。


「黑尊國の民を見捨て逃げ帰るような真似は、義に悖る行い。上杉は断じて左様な戦をせぬ」

「……いいでしょう。晴虎様の御意志は固いようです」

「なれば、ここは決戦に打って出るしかありますまい」


 晴政は力強く言った。ヴェステンラント軍が上陸し次第、野戦でこれを撃滅するのだ。極めて単純な作戦である。


「敵は必ずや、我らを叩き潰すべく、かき集めた15万を以て攻め込んでくるだろう。それでも打って出ると言うのか?」

「城に閉じこもっていてはただ死を待つのみですが、打って出れば勝機もありましょう」

「で、あるな。死なんと戦わば生きる。我らは黒鷺城から打って出る」

「晴虎様を信じるしかありますまい……」


 ヴェステンラントも大八洲も、決戦を望んでいる。今度こそこの戦争を終わらせる決戦を。


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