陽の援軍

 ACU2312 1/25 テラ・アウストラリス植民地 アルビオン


 東亞におけるヴェステンラントの根拠地であるテラ・アウストラリスだが、その政治的、経済的機能は南部に集中している。この大陸の北側で大小様々な争いが続いている以上、安全な南部に人が集まるのも無理はないことだ。


 テラ・アウストラリス植民地は本来アウストラリス大陸の東半分程度しかなかったが、今や先住民を掃討し、アウストラリス大陸の全域を支配している。


 そんなテラ・アウストラリス植民地の首都とも言えるのがこのアルビオンである。その都市に大小200隻ばかりの艦隊が到着した。


「へー。まったく、馬鹿みたいな兵力が残っていたのね」


 艦隊を出迎えに来たのは黄公ドロシアと青公オリヴィアである。最近は戦線も落ち着いており、最前線を離れる余裕もある。


「これでもまだ陰の国が動いていないですからね……」

「そうね。本気を出せば世界くらい支配出来るのに、どうして本国に引きこもってるのかしら」

「それは、合州国の伝統だからですよね? 陰と陽の大公国は例え戦争になろうとも動くべきではないと……」

「知ってるわよ、そのくらい」

「え、はあ……」


 赤黒青白黄の五大公国と比べ、陰と陽の大公国は一回り大規模な軍事力を持っている。にもかかわらず本国に引きこもっているのは、はっきり言って非合理そのもののだ。


「まあ、これで少しはヴェステンラントもやる気が出たってことね」

「ええ。建国以来初めて、陽の大公が重い腰を上げたのです」

「……そうね」


 結局のところ、ヴェステンラントにとって主戦線は西部戦線なのである。魔法の存立を脅かすゲルマニアは確かに不俱戴天の敵ではあるが、その前に大八洲を何とかしないとヴェステンラントの方が滅ぼされる。


 ○


「久しぶりだな、ドロシア、オリヴィア」


 シモンはオリヴィアとドロシアに気さくに話す。


「はい。お久しぶりです」

「だから何?」

「……君たちはそんな調子でちゃんと協力出来ているのか?」

「も、問題ないと思いますけど……」

「基本的にオリヴィアは私の下で働かせてるわ」

「そう、か……あまり好ましい状態ではないが、そんな贅沢を言ってはいられないだろうな」


 本来全ての大公は、国王に就任している者を除いて平等である。このように序列が生じているのはあまり望ましい事ではない。


 とは言え、建前の為に戦争に負けるというのは論外だ。


「それで、結局何人連れてきたの?」

「ああ。ざっと5万の援軍を率いてきた」

「そう。私達の半分くらいだけど……大したことないのね」


 絶対的に見れば大きな援軍だが、陽の国が動員可能な兵力から見れば手抜きに見えた。


「ど、ドロシア……」

「それについては、正直に言ってこちらも手間取ってしまっていてな。何せ、建国から150年以上、我が国が兵を国外に動かしたことなどないのだ」

「確かにね。まあ、取り敢えず礼は言っておく」

「ああ。だが、問題があるな」

「何?」

「この大部隊の指揮をどうするか、だ」


 ヴェステンラント軍という名の組織は存在しない。あるのは各々の大公国の軍隊である。故に、ここにいる5万はシモンの私兵であり、これまで戦ってきた部隊とは何の関係もない。


「これまで戦って来て、指揮はやはり一本に集中させるべきだと、私は思います」


 オリヴィアは控えめに、しかしはっきりと言う。大八洲が強い理由の一つが全軍を晴虎が指揮しているからなのは疑うまでもないし、ゲルマニア戦線の方でも指揮系統を一本化する動きが全ての交戦国の間で起こっている。


「君もそう言うか…………ふむ。であれば、やはりそうすべきなのだろう。であれば、誰が最高指揮官となるべきだ?」

「それは……」

「この中で一番大きな軍を率いてるんだから、シモン、あんたじゃないの?」

「まあそうなるかもしれんが……新参者の私がいきなり最高司令官になるというのはどうなのだ?」

「だったら私にやれって?」

「ああ。引き続き君に頼もう、ドロシア」

「え、ああ、そう」


 シモンは陽の軍勢の指揮権をドロシアに一任した。


「――それで、実際の戦況はどんな調子なのだ?」

「そうね。あんたが送ってくれたイズーナ級のお陰で、大八洲水軍は最近港に引きこもってるわ。だからテラ・アウストラリスが攻撃される可能性は薄い」


 イズーナ級の圧倒的な力は、晴虎の軍才を以てしてもどうにもならなかった。海の支配権は、ヴェステンラントにある。


「ではこちらから攻め込むのは?」

「正直言って、こっちから攻め込むのは論外ね。上陸した瞬間に晴虎に皆殺しにされるわ」


 艦載兵器の射程より内陸では、ヴェステンラント軍は未だに大八洲軍に太刀打ち出来ない。晴虎の采配が敗北を喫したのはテラ・アウストラリス沖海戦ただ一つである。


「でも、この援軍で少しは状況がマシになるかもね」

「そうか。その為に私達は来たんだ。存分に利用してくれ」

「勿論よ。大八洲には逃げ道がない。だから一度でも野戦で勝てば、この戦争は私達の勝ちも同然」


 大八洲軍が本国に逃げるには船を使わねばならないが、その海はヴェステンラントの支配下。大八洲軍に残されているのは無条件降伏のみだ。

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